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ふぅたmama
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さて、ココロの整理開始しましょっと。
さーて、何から描こうか。

 色んな想いが喉のすぐそこまで溢れ出しそぅなのに、、、
いざとなると、何から手をつけていいのか。でも、この辺で「ココロの整理」しとかなきゃ。。 
始まったばかりの第2章をhappyに過ごすためにもね。
 ぇえっと。 ひとまず、生い立ちから。


1978.5.26 晴れ
 まだ5月だというのに真夏かというほどの記録的な猛暑日。
高崎のとある病院の分娩室で3280g、元気いっぱい女の赤ちゃんが生まれる。
約0.01%で起こりえる癒着胎盤により大出血、母は瀕死状態の末、私を産んでくれたのだ。
母体死亡の危機にさらされたのに、口にする言葉はいつも、暑さに関することと父の話。

 「あの日はものすごぉーく暑かったんだょ、パパったらね、分娩中に何してたと思う?
  空いたお母さんのベッドで、看護婦さんに笑われるほどいびき掻いて寝てたんだから・・。」笑
うわゎゎ、なんという状況。出産を経験した私はこれには"レッドカード"を貼っても気が済まん。
なんつー父親だ、最悪だねぇー!そんな話で父をからかった幼少時代。

 けれど、私の出生にまつわる話を母から聞いた時、
後にそれが父にとっての安堵感に満ちた「安らぎの眠り」であった事を知る。
どこでどうやって用立ててきたのか、シワくちゃになった札をポケットから差し出した。
それが、この世に生まれたばかりの私を、我が家へと連れて帰らせるための出産費用だった。
そんな事実を知った私は「いびきを掻いて寝ていた父」を微笑ましく、と同時に
愛おしく思い、涙がこぼれた。 しかし、その涙を誰にも見せずに布団の中で拭っていた。

 私がこの世に生まれるずっと前から、、、
そぅ、母のお腹に宿る前から私の人生の物語りは始まっていたのかも。
今の私とパートナーである主人を楓太が引き止めてくれたように、
父と母、この2人を私が選び、そして生まれてきたに違いないとさえ感じる。
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ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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thema:生き方 - genre:ライフ


これまでの道・・。 no.2
 no.1を描き出したことで、少しずつ「心の扉」がギーーッと音を立てて静かに開き始めた。
生い立ちから、そぅ少しずつ描いていこう。

 父と母の出会いには微笑ましいエピソードがある。
とあるレストランで母は久々の友人と食事、途中トイレに席を外し、友人の待つテーブルへと
戻る途中に「様子のおかしな男性」を発見。ファミリー用の大テーブルに大量の食べ物がずらり。
あらぁ、こんなに大量の食事をこの男性は1人で食べにきたのかしら・・?!

 当時にしては“洒落た店”の1つだったレストラン、まさか男1人では来ないでしょうし。
席に戻った母は友人とのおしゃべりを楽しみつつも彼が気になる。何なんだろう、あの人は・・。
それにしても、モグモグと片っ端からそれはそれは豪快で見事な食べっぷりだったそう。
1人なのに、堂々たる「美味しそうに食べる姿」に興味を持ったとのこと。
今のハゲっつるで頑固な父がそんなレストランで食事をしてたかと思うと笑いが止まらない。

 しかし、その出会いの少し前には更なるエピソードが・・。
母は他人の妻であり、1児の母であった。と同時に、父にも空籍の家庭があった。

 そして、母は、旦那の実家での同居生活だったにもかかわらず、夫に浮気された上、
家を追い出され、最愛の子供の親権ももっていかれ、身1つで家を出てきたという。
一方、父は母と一緒になることを選び、家や財産、全てを置いてこれまた身1つであった。

 私が生まれた時の「シワくちゃなお札」の直接的な原因になっているのかなぁ、、





ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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thema:生き方 - genre:ライフ


これまでの道・・。 no.3
 no.2で、微笑ましい男女の出会いにより、私がこの世に生まれたわけである。

 こんな話を聞いたのはいつのことだったろうか・・。小学生くらいかなぁー。
物心ついた時には、既に「父」と「母」であったけれども、出会いがあり今があるわけだが、
単純に子供だった私には、 ・・・・・・んん?? 不思議?! とそんな感じだった気がする。

そして、これからが「今の私」に通ずる“育った環境”と“人格形成”へとつながっていくのだ。

 そんなこんなで出会った2人だが、私がお腹に宿ることにより「結婚」へと足を運ぶ。
しかし、当時、父はちんぴらヤクザのようなどーしょーもない奴だったため、
結婚をすると言っても祖父母は猛反対、、というか、無関係に近かったという。
そんな父が連れてきた女性である母に対し、「どこの馬の骨かわからない女」と発言。
 そうであろう、今であればバツ1も当たり前、バツ2,3さえありの時代だが、、、
30年前、しかも世間体を一番に気にする祖父母にとってはあり得ない結婚であったのだ。
というわけで、援助どころか私が生まれるまで母は「敷居」をまたがせてもらえなかった。

しかし、そのうち誕生するかけがえのない命。(コレって私ね・・笑)
たった2人で何もかもをスタートさせるわけだ。

 父は職業訓練所を卒業している持ち前の腕であれこれ材料を購入し、
会社と呼ぶには乏しすぎるような「トタン屋根」の工場を作り、自営を始めた。
それが今の会社であり、園芸用の土など、落ち葉の採取から製造・販売している。
今でこそ、ガーデニングブームで園芸も注目されるカテゴリの一環となっているが
当時、そんなところに目をつける父もなかなかやるな!! と褒めずにはいられない。
 それにしても、3Kと呼ばれる労働 「きつい」、「汚い」、「危険」に+して、
「臭い」、「暑い」、「寒い」などなど・・ その仕事内容は厳しく辛い作業ばかりだ。
父はタフな男だからいいにしても、女性の働くような場所では決してない。
ましてや、製造用の機械も全て父の手づくり、最初から上手くいくはずがない。
手作業ばかりで、朝から晩までクタクタになって働いていた母の記憶が蘇る。

 幼い頃、工場が遊び場であった私。ツーンと鼻につく落ち葉の腐った臭いがたまらなかった。
でも、楽しかった記憶もたくさんあるのだ。

 トラックで山に行き、道気なき道を作り、落ち葉を拾い集める。
まるでそこは 「トトロの森」 大自然に満ちた最高の刺激がたくさんあった。
見たことのない虫やキノコ、入手困難な「大クワガタ」などなど・・。
山の人たちは皆親切で、作業を終えた後には必ず「手打ちうどん」をご馳走してくれた。
「たーんと、食べだっせぇぇ、、」そう言ってだしてくれた、漬物や煮物も最高だった。

 配達の時には眠い目をこすりながら、必ず父について行き、荷物を手で下ろす。
1つ10kg近くある袋を何個一度に持てるか、、いつも自分と戦っていた記憶がある。
卸し先のお客さんにジュースやお菓子をいただき、「イイ子だねぇ」と褒められる。
それが、嬉しくて汗びっしょになって父と一緒に荷物を下ろすのだ。
今の私の「力持ち」はここから始まっていたのだと思うとニヤっとしてしまう思い出だ。

ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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これまでの道・・。 no.4
私の幼少時代は・・。 「おてんば娘」 そのままだ!! 活発などの言葉では処理できない。

 no.3でも描いたように、山へ落ち葉を取りに行くことが日課となった私は、
ごくごく普通に公園で遊んでいる程度じゃ物足りないというか、何と言うか。。
まぁ、サバイバルな遊びを覚えてしまったのだから致し方ない。笑

 ある日、私のポケットに毛虫がついていることに気づいた。すると・・・。
あれれれれ、まるでドラえもんのポケット並に次々にウソウソと毛虫が出てくる、、
「あのね、、毛虫って可愛いね。フカフカで気持ちよくって毛虫をいっぱい集めて寝てたの!」
ぎゃーーーッッ、誰か止めてくれ。(想像するだけで鳥肌が止まらんゎ;)
日々、洗濯をしている主婦になってから初めて母の痛みが分かった。 ---ごめんなさい

 私が生まれてからというもの「どこの馬の骨か分からない女」と非難し続けた祖父母も
あまりにも良く働く母の姿に心を動かされていくのであった。
そして、保育園に預けられるまでの間、私は毎日のように祖父母の家で育ったようなもんだ。

 祖父母の住む小さな部落はやたらと「お年寄り」が多い。
お年寄りと言えば、、「お茶菓子」と「たわいもない話」をネタに毎日のようにフラフラ出かける。
祖母が行くところ行くところ常に私も一緒だった。何より、お茶にお菓子、たくわんが最高で。
父と配達へ行ったりすることで、人懐っこい性格になった私はお年寄りの人気者に。
---たまちゃん、りんちゃんバー、よしのさん、あきちゃんバー、あいちゃん・・etc
祖母の友人は数え切れないほど知っている。 そして、今でも大切な存在である。
 ま、時にはゲートボールをしたり、そんな年寄りワールドな日常を送っていたせいか、、
小さな頃は、ココは年寄りしか住めない地域なのだ!!とさえ思っていた。

 私の家に休日はなかった。
父という存在は、365日休みがない!! とさえ思っていたほどだ。
周りの友達が土、日祝日になると家族でどこかへ出かけるのが本当に羨ましかった。
しかし、父と母の働く姿を思うとけっして口には出来ない・・ 寂しい気持ちを笑顔で隠した。
結局、いつもの祖父母の家に預けられ、いつものお茶べりへお供することになるのだ。
けれど、祖母の作ってくれた「おにぎりの塩加減」や「ぬか漬け」がその寂しさを埋めてくれた。
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これまでの道・・。 no.5
たくましく、そして、寂しさを口に出来ぬまま過ぎた幼少期・・。
それでも、愛情いーっぱいに育てられたと思うのだから、うちの両親は凄い!!!

 母は京都に程近い滋賀県生まれ。「京女」というフレーズのよく似合う芯の強い女性。
だから、私の前で弱音を吐いたりすることはほとんどなかった。
どんな時も、笑顔で、そして、どんなに忙しくても美味しい手料理を食べさせてくれた。
レトルトをチンして食べた記憶は1つもない。愛情を料理で表現してくれていたのだ。

 父は上州の空っ風のような男で、口は悪いし、背は小さいくせに態度はLLだ。
けれど、生まれも育ちも群馬なので、友人や知人が多く、外ではオチャメな一面も。
しかし、内面が最悪だ!! 
 私は幼心にいつも怒鳴られている母の姿を見てきている。どうしてそんなに怒るの??
泣きながら、離ればなれになった息子の写真を見ている姿を何度も目にした。
 それでも、父は母無しではいられない。ただ、愛情が上手く表現できないだけ。
外では「うちの母ちゃんの作る○○は最高だでぇ!!」 と、自慢ばかり。
このままだと、いつか母がいなくなってしまうかもしれないと何度も流した涙。
だから、父の「外での妻の自慢話」をこっそり母に伝えるのが私の務めだった。
 いやぁー、泣かせるイイ娘だったなぁ。

 これは余談だが、、母の両親は既に他界している。
幼い頃に父を亡くし、養子に出され「実母」と「育ての母」がいた。
その母たちに父は結婚する際にこう言ったというから驚いた!!
 「大切に床の間に飾っておきます」 ----おぃおぃ、、今じゃこんなに働かせておいてさぁ。

そんな幼少期は、楽しくて切なくもあり、甘酸っぱい思い出ばかり。

外で遊ぶのが大好きで、鬼ごっこや泥警、ゴム跳びにかくれんぼ、、、etc
小学校から帰ってくればランドセルを置き、すぐに外に出るのが習慣だった。
特に得意だったのが、「土粘土でどれだけ硬い玉を作れるか」、それと「テトラポット渡り」
利根川の河川敷にはテトラポットが山のようにあった。そこをピョンピョンと渡るのだ・・。
ま、幸い今こうして生きているが一度調子をこいて川に落ちて流された恐怖も味わった。

 小学校を卒業する時に通知表に書かれた言葉
「よく遊び、よく食べ、良く学び」 良い子の見本のような子でした!! あらまぁ。

ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.6
 さてさて、、これまでの道・・シリーズno.6にまでやっと辿り着くことが。
 小学校を卒業した私は、この先、中学・高校へと進むことになる。

 今思えば、苦労に苦労を重ねた生活であったにも関わらず、「お金」に関して
両親が喧嘩などしていた記憶は一切ない。しかも、ピアノに習字、そろばん、公文・・と、
実に様々な習い事もさせてもらい、小6では珠算準段、書道準5段という好成績を残すことに。

 今でも、珠算の「暗算力」というのは様々なところで役立っている。
例えば、スーパーでの買い物。財布を見れば2000円しか入ってない、あら足りるかなぁー?
そんな時、頭の中で2000円から買い物カゴへ入れたモノを引いていく。
「んー、あと252円か・・まだ買えるな。」などと1人でつぶやきながら、確かめ算で金額確定!!
そして、正々堂々とレジへ並ぶ。 さも、現金があるような顔をして。 笑
 ------ 危っねぇぇ、やばっ、財布の中身がたった3円だょ。 なんてことも ------

 また話が反れた。
で、心待ちにしていた春がやってきた。 真新しい制服と共に希望を胸に中学入学。

 そこで待ち受けていたのは・・ 予想を遥かに上回る 「激しい集団生活」 だった。
体を動かすことが好きだった私がウキウキしながら入部したのは、女子バスケット部。
  “脅威の女バス” とも知らずに・・。
先輩からの自主練という名の「リンチ」、「暴力」。ミーティングという名の「いじめ」。 
試合をすれば「県最下位」、気に入らないことがあれば試合中に「喧嘩」・・etc


あー、バスケが上手くなりたかったのになぁ・・
隣で厳しい訓練を受ける、他の部活動の姿をを羨ましく思いながらの放課後の練習。

けれど、そんな思いも何のその、先輩たちがしてきたことをその後、私達もすることになるのだ。

中2になると、私は名ばかりの4番エースのキャプテンとなった。

 とにかく「個性の強い」皆を練習でまとめるのは大変だった。
些細なことから始まった、仲間割れ。その後、「リンチ」、「集団無視」、、エスカレート。
そんな極めて辛い苦しみ、孤独 を味わった。 昨日まであんなに仲が良かったのにぃ・・
 私のみならず、1ヶ月くらいのサイクルで皆同じようなことを繰り返していった。
結局、自分がされて嫌だった辛さを跳ね返すように、別の友達にもしてしまったのだ。

 “女バス”は、いつの間にか「強い女」→「悪」のイメージが焼きついていったのであった。

 それでも、皆、明るく元気で楽しい子が多く、仲が良くなれば一転、まるで合唱部。
バスケットボール片手に sing a song♪~ 体育館中に響き渡るようなデカイ声で歌った。
「恋のバカンス」よく歌ったなぁー、ハモリも完璧。とにかく楽しくて楽しくてたまらなかった。


 そんな私も恋心を抱く。もちろん、完全なる一方通行!
女バスのドンが相手にされるハズもなければ、態度もデカイし、可愛くもない私。
想いも伝えないまま、ただただ眺めて幸福感を頂いてたってとこかな、、ありがとう。

 一方、学習態度はというと・・
決っして「マジメ」という態度ではなかった私だが、女バス軍団と言われるのが悔しくて、
この野郎ーーという思いから、いい点とりゃいいんだろ、文句なんか言わせない!って感じ。
それに、イイ点をとると親が喜んでくれる姿を見るのが子供ながらに嬉しくてたまらなかった。
そんな感じで、日頃の生活態度を補うように好成績を残し、卒業の際はなんと 『ALL5』 だ。

 思わず、担任に尋ねた。
「先生いいの?本当に?私、色々悪いことしてきたのにぃ・・」

 すると 担任は答えた。
「文句のつけどころのない点数だったしな、態度もデカイけどお前の努力は分かってたょ。」

 ほぉーーー、特に尊敬するに値するほどの担任でもなければ、さほど仲も良くなかった。
なのに、その驚くべき一言だけは今でも唯一覚えている。

 そして、難関とされた高校の推薦入学に見事合格し、中学時代に終止符を打つ。
女バス軍団の結束は固く、大人になった今でも結ばれている、当時のことを笑いながら。
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これまでの道・・。 no.7
 さて、ここから先は描くにも恥ずかしいノンフィクションのストーリーが始まる。
けれど、今の私があるのも過去なしではあり得ない・・ そぅ、描こう、描くのだ!!

 幼児期を親同然に育ててくれた祖父母、並々ならぬ苦労を口にも出さない両親への
『孝行』 は、難関とされる群馬では共学トップクラスへの高校入学と共に一時休業。


 それでも、高校入学から数ヶ月はまだまだ可愛いもんだった。

 中学時代に出来なかったバスケをやりたくて部活動をしたり、カバンの中にも教科書が入ってた。
しかし、まともな練習には到底ついていけず、結局半年あまりで退部。
憧れは現実のものになることもなく、自分の根性の無さに、ただただ情けないばかりだ。

 それからというもの、新たに入部することもなく、生活態度や成績は右肩下がりで堕ちていく。

 結局、私は頭がいいのではく、暗記力が人より少し高かっただけ。
中学までの義務教育は、学ぶ環境を楽しくしてくれた人、すなわち、恩師のお陰だったわけ。
その点、高校からの学びとは専門的なモノに加え、努力なしには結果は得られない。
だーかーらー、こうなっちゃったわけなのだ。 笑

 カバンの中身は、メイク道具に便秘薬、着替えにダイエット系サプリメント・・etc。
授業中寝ていることもしょっちゅう、宿題は丸写し。 遅刻、早退、無断欠席も何のその。
 学校が終われば、当てもなく、とりあえず仲間で集まり市街に出かける毎日。
デパートの化粧室でメイクを直し、行き先はカラオケ。 夜遅くまで延々と歌い続ける日々。

 「初めての×××」 は、とにかく新鮮で刺激的で、田舎育ちの私を誘惑し続けた。
下手くそなメイクで、中途半端な身なり。 爆音に体を揺らす・・クラブの味を占めたのもこの頃。
地黒+日焼サロン、冬はスノボ焼けで肌は1年中真っ黒だった。
別の学校の生徒との「制服デート」、チャリで2ケツ・・なんてのも、甘酸っぱい思い出だなぁ。
・・・と、まぁまぁ、 高校時代の学習の記憶は残っていない私、担任すら忘れてしまった。

 今まで 「賢い子だから」 と、言われ続けてきた、目に見えない鎖から開放されたような日々。
 --- 私はいい子なんかじゃない!! そう反発するように行った様々な悪事 ---
けれど、両親はあまり叱らない。どちらかと言うと、そんな私なのにまだ心配してくれるのだ。
今思えば、どれだけの怒りをこらえて、我が娘を黙って待ってたのかと思うと胸が張り裂けそう。

   けれど、当時の私には、その深い愛情こそが、何よりも 重かった・・・

 大好きな両親だからこそ、その期待と申し訳ない気持ちの狭間で押しつぶされそうだった。
次第に、そんな親の顔を見るのに絶えられなくなり、深夜の帰宅、無断外泊を繰り返すように。。。

 それでも、仲間は皆、素直でいい子ばかりで楽しくて楽しくてたまらなかった。
偏差値70近い進学校であるがゆえ、皆、頭がキレる優れもの。 会話が面白いの何の。
今でも、高校時代の仲間たちが集まれば、いい意味で当時のまんまで楽しいのだ。

 そんな楽しい生活を変えたのが、高2になった私が経験した 『激しい恋愛』 だった。
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これまでの道・・。 no.8
 最近、蓋をしていた 「これまでの道・・。」 シリーズ。
 けれど、心の整理のために続きを描こう。

彼との出会いが、その後の私の 「恋愛基準」 と なってしまうとも知らずに交際が始まった。

 1時間以上をかけチャリで通学し、遊びを終えてまたチャリで帰る・・という私にとっては、
当時流行っていた 「ウーハー付の車」 持ち、年上でやんちゃな彼は魅力的な存在だった。
 一見、怖モテの近寄りがたい彼だったが、笑った時の表情、ユーモアのセンス・・etc
そんな一面に惹かれ、それまで友人との遊びが日課であった私だが、一変して彼との生活へ。
車でのデートは、スノボに温泉、海、、今まで困難だったこと全てがクリアに、世界が広がった。

 しかし、彼の極度の「やきもち症」は、私の行動全てに疑いの目をかけてくるようになった。
市街への外出は禁止、学校が終わったら地元へ帰ることを強制、男とは話をするな!・・と、
コンビニへの買い物も 「男と接触するための行為」 とすらとられていたほどだった。
 次第にエスカレートした彼は、校門の前で車を横付けして待機するまでになっていった。
「また、待ってるよぉ・・」と心配する友の声、しかし、言われるがままに行動を自粛していく私。

 なぜなら、、彼は「酒乱」で、時には暴力を振るい、一気に凶暴な姿へと変わるのだった。
焼酎の瓶を頭に叩きつけられたり、ボンネットに投げ飛ばされたり、髪をごっそり抜かれたり・・
涙、涙、涙、、ということもしょっちゅうだった。

 更にエスカレートした彼は、両腕に既にあったtattoから 背中へと向けて大きく広げたように
ある日、背中におおきな入れ墨を入れると言い出し、既に下絵を彫りこんだ状態で私に見せた。
泣きながら止めても、一向に私の言うことは聞きもしない。女遊びに、ギャンブル、、、etc
 「別れたい!」 何度申し立てたことか、、、
その言葉を言うたびに、逆ギレした彼は暴力を振り、結局、その行動を逆上するだけだった。

 しかし、普段の彼は見た目は派手だが、心は優しい。
私の母も、悪そうだけど、目がキレイだょね・・。きちんと挨拶もしてくれるし、可愛いょ。
母にとっては、彼と付き合いだしたことで、私が家に真っ直ぐ帰宅するのが安心の要素だった。
彼に対する「恐怖」を私は母に言えずにいたのだ。

 けれど、部屋に閉じこもって号泣する私の姿が増え、様子がおかしくなったこと察する。
「大丈夫なの?」と心配されるが、これ以上、母に心配をかけたくない気持ちで何も言えない・・。
苦しくて、切なくて、何度も何度も裏切られる度、何のために彼に支配されているのか?
自問自答を繰り返す毎日だった。  いつか、別れられる日がくるはずだ・・ そう信じて。

 しかし、 「彼を信じよう、一度好きになった彼だもん」 そんな期待も入り混じっていたのも事実。
まだ、彼を好きでいる、そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった・・。
結局、華やかな高校生活は、ほぼ彼に独占・支配されたまま時間が過ぎていった・・。


 ボーっと進学のことを考えていた私だが、勉強もまともにしていなかったので大学は無理。
   ----- でも、このまま群馬にいたら彼にまた捕まってしまう!-----

 そう思った私は、彼に内緒でコツコツと県外の小さな「専門学校」を探し始めた。
『やり直しはきくハズ、そうだ、逃げよう!』 そう決意した。
都内への進学を志望する仲間達、、しかし、私は 「人生のリセット」 を 胸に 千葉を選んだ。


都内に住めば、それまで遊んでいた仲間達と楽しい生活を送れるのは目に見えていた。
しかし、誰もいないところからスタートさせたい・・そう思った私は1つの小さな専門を志望。
名前を書いて、いくつかの質問に答えれば合格・・のような建築の専門に、見事合格?!
その足で、賃貸アパートも契約し、準備完了!

こっそりと、しかし着実に 「群馬脱出計画」 は 進行されていたのだ。 彼が知らぬ間に・・。

 そんな折、数日間珍しく彼から連絡がない・・。 彼がある事件で捕まったのだった。
新聞の記事を母から見せられた。 ついにこの時がきてしまった。 完全なる裏切り・・。

 母は私にこう言った、、「もう終わりにしようね。」 涙がスーーッと頬をつたって止まらない。
普段、娘の私に対しては、無関心を装って怒りを静めていた父も、この時ばかりは違った。
  「あいつが出所する前に、千葉に行くぞ。 トラックに荷物まとめろ。」 と父。


卒業式を迎え、無事に卒業した私は、皆より一足早く地元を離れた。。。

暴力の辛さに耐える、嫉妬に耐える、裏切りに対する怒りに耐える、、耐える、耐える、、

 彼との交際において、「耐える」ということを、体で覚えてしまった私。
この教訓が、その後の 『恋愛癖』 を 作ってしまったと言っても過言ではないだろう。

心では、平凡で暖かい恋愛を望むものの、実際には一癖も二癖もある方へ方へと・・。

 「ほんっと、男運ないんだからぁー」 って友人に、散々言われてきたが・・
実は 「自ら選んだ相手」 であり、困難な方を自分から好んで進んできたのかもしれない。
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これまでの道・・。 no.9
 ・・・ ついに、親元を離れた千葉での一人暮らしが始まった。

 私の居所が分からないよう、ごくごく親しい人にだけ住所を教え、群馬を去ったのだった。
専門からは目と鼻の先にある、比較的キレイな1DKのアパートが私の住みかになったのだ。

 監獄にいる奴のことが胸から離れないものの、自由を手に入れた爽快感で喜びに満ちていた。
どんな部屋にしよう? カラーは何で揃えようか? 新しい課題が楽しさでいっぱいだった。
真新しい家電や家具、全てが私だけのモノであり、自由に好きな時間に風呂に入れる幸せ。

そんな単純な喜びに溢れかえっていたあの頃が懐かしいなぁぁ・・。

 私の入学した専門は圧倒的に男子が多く、クラスも7~8人の女子しかいなかった。
案外マジメで大人しい子が多く、男勝りな私は男仲間の一部であった。
しかも、「組長」とか呼ばれちゃって、、あれ?人生リセット計画のはずなのに何故?! 笑;

 ま、そんなこんなで専門での生活に慣れていった私だった。
けれど、家に帰るとたった一人・・ そぅ、誰も知らないところに来てしまったのだから・・。
部屋に帰ってもまだ夕方にもならない、夜が長く寂しい気持ちから母に電話する私だった。

 本当は、寂しくて切なくて声を聴きたくてかけた電話なのに、思うように話が出来ない。
そして、平然を装い元気に振舞った。 「どぉ?そっちは? 今日はね、こんなとこをしたよ!」
母はきっと私の寂しさを知っていたのだろう・・。
決まって言うのは 「大丈夫、みーちゃんなら何とかなるから!」 と、私を励ます言葉たち。


この母の大きな愛情と支えによって、どれだけの寂しさを乗り越えてきたことか・・。

 高校時代は、奴の嫉妬から、教習所に行けなかったがゆえに免許がなかった私。
千葉に引越した初めの1年間は、もっぱら、徒歩&チャリでの生活だった。
平地なら何十kmでも行動できる実績はあったが、、 付近はアップダウンの激しい道ばかり。
しかも、急坂を息をきらして上ったと思えば、行き止まり! ありえねぇーー><;
まぁ、そんなこんなでチャリでの大冒険も比較的楽しみながら新たな土地勘を学んでいった。

 数ヶ月が経ち、専門の友人らが家に来たり、、車持ちの友人を使って行動範囲を広げた。
1人でいる寂しさの対処法もある程度身につけた私は、次第に気ままな生活が楽しくなる。

こんなことを知ったら親に申し訳ないが、学校は2番目。一番は友人作りとバイトだった。
(ごめんね、お父さん、お母さん。 でも、ちゃんと卒業できたから許してね・・。)

 見知らぬ土地での初めてのバイトは、エステのテレアポだった。
(ここで 知り合った1人の女性が、私の大切な親友の1人である。面白いょね人生って。)
ノルマが厳しいので、さっさと辞めて次はチェーン店の居酒屋へ。
接客バイト経験もあったので楽しくノリよく働けた。何より 「まかない」 付ってのに惹かれて。笑
(ここでも、たった数回しか一緒に働かなかったのに、今では家族ぐるみの大親友と出会う。)

そして、次は・・ 「水商売」 へ。

 そもそも、学費・家賃を払ってもらっただけで申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいだった私。
せめて、生活費は自分で働いて少しずつ返したい・・ そんな気持ちで始めたバイト。

 いざ・・ と いうときの、「お助けカード」ならぬ 郵便局のカードを母から渡してもらったが、
これを使ったのはほんの数回。 頼ればよかったのにぃ・・って、今は純粋に思うょ・・。

昼間は専門学生、平日の夜は居酒屋でバイト。そして、週末の夜はスーツで出勤。
まぁ、これから先、第2の再スタート人生が始まるわけ。
 続く
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.10
 初めての 「水商売」 。。。 なんとなーぁく、興味と時給に惹かれて・・。

 千葉市のある 「△△△club」   私にとって初めての夜の職業の場だった。
とは言うものの、出勤は金・土のみ。 時間は20時~深夜1時くらいだったかなぁ。

clubと名がつくものの、中身は「パブ」そのもので、ママと女性が10人くらいの小規模店。
ノルマもなければ、同伴も指名料もないような、アットホームが売りの店。

 しかし、在籍するお姉さま達は・・ いかにも!と いうケバイ化粧と衣装に身を包み、
色白で細身、日々の酒やけと言わんばかりのかすれ声で「おはょ」と低めのトーンで挨拶。

 あらららら、、えらいとこ来ちゃったゎ・・ と思ったが、ママの人柄に支えられ、
私は 「専門学生で、お金のために働く若い子」 というレッテルを貼っていただいたお陰で
必要以上に求められることも少なく、案外スムーズにスタートさせた。

 未成年ということで・・ ウーロン茶を酒に見立ててマスターが出してくれたり、
アフターを求められると、学校だから・・と さりげなくフォローしてくれるような優しさ付だった。

 シングル? ダブル? ロックとストレートは何が違うんだ・・?!チェーサー?
何じゃそりゃ、、 おしぼりの渡し方、タバコの火のつけ方、、etc

まぁ、ここで様々コトを学び?土地勘のない私の情報源とするには、まずまずだった。

 どのくらいの期間働いていたか、、 どんな名前で働いていたのか、、 なぜ辞めたか、、
もぉ、遠い記憶で、ちっとも憶えていない。 しかし、まだ顕在するあの店の前を通りすがる度、
「あーー、懐かしい・・」 と、思わず口に出して、1人つぶやいてしまう私であります。

あのケバイ姉ちゃんたちは今もいるのだろうか・・?!と 余計な心配をしながら・・。笑

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これまでの道・・。 no.11
描き進めていくうちに、ポッカリ空いていたあの時代の様子が脳裏に蘇る。
懐かしさと、自由を与えてくれた両親に対する ザンゲの気持ちが複雑に交差しながら・・。

 皆に遅れて免許を取得したのは夏休みに入ってから。地元の教習所にて短期で取得。
マイカーをGETしてからの行動は、それはそれは大きく変わっていった。
牛乳好きの私、、一気に3本とか買っちゃっても余裕~♪ささいな喜びで満たされていた。

 千葉と言えば・・ 「海!」 

 山に囲まれた群馬育ちの私が千葉を選んだ理由の1つ。そぅ、待ちに待った生活が始まった。
その頃の私には時間など関係なかった。 昼でも深夜でも行きたくなれば海へ向かう。
友人たちを乗せて音楽をガンガンで、水着を着たまま運転していたなんてこともしょっちゅう。
目当てはナンパ・・。  なんとも恥ずかしいれど、それが当時の私そのものだった。

 海で波を自由に操るサーファーの姿にはとくに惹かれた。
けれど、ナンパが目的であるはずなのに、実際に声をかけられると一変、安い男に思えるのだ。
結局、「イイ男たちを眺めながら日焼けをしていた」 と いうのが正しい表現に近いと感じる。

 まぁ、そんなこんなで更に自由を手に入れた私は、地元や都内の友人を呼んでは海へ。
もともとサバイバルな遊びが好きな私、年頃の乙女?が本気で砂浜で遊んでいた・・。(恥)

 夕日が海に沈んでいくあのサンセットは、今までの何もかもを忘れさせてくれるようで、
腹が立ったり、悲しかったり、何かモヤモヤした気持ちの解消法は海を眺めに行くことだった。


しかし、ある人との出会いが海を悲しい場所へと誘った。

 海からほど近い地元のサーファーであった彼、出会いは合コンのような集いだった。
「歌が上手い人」に惚れやすい単純回路の私だが、初対面であんなにも涙を流したのは、
今までの人生であの日限り・・。 合コンという文字をすっかり忘れ、彼の歌に酔いしれた。
ユーモアのある子供のようなけな気さとのギャップにまんまと はめられた私であった。

いつしか、私達は恋に堕ちていった・・。 

 彼の家でまったり、海で彼を待つ、、何気ない普段の生活が特別に思えた。
「お前となら、どこかに行かなくてもコンビニでおにぎり買ってるだけで幸せだ。」
純粋な優しさでいっぱいの彼との生活は、幸せでいっぱいだった。
しかし、彼との楽しい幸せな日々はあっという間に終わってしまった・・・。

 その後、二度と会えなくなった「彼」。 創造もしていなかった現実が目の当たりに。 
現実を受け入れられず混乱し、泣き続け、もがき苦しみ辛い辛い悲しみに更けていった・・。
突然訪れた「別れ」に私は我を失い、しばらく途方に暮れていたのだろう、記憶がない。

 19の終わり、私は「彼」を思い続けた気持ちを引きずらぬよう、体に入れ墨を入れた。
ただただ、強くなりたかった。 1人でも生きて行ける強さを手に入れたくて・・。
そこら辺で、見せびらかすためのtattoではなく、人には見られない体の位置にこっそりと。

 「一番入れて痛いところはどこですか?」 と 尋ねた私。
 「神経が一番密集しているところ、、この辺り。」 と 触れられた場所。
 「だけど、こんな場所痛みに我慢できるかねぇ・・」
もともと痛みには負けない根性を持った私は、迷いなく答えた。 「はい、大丈夫です」
しかし、手彫りのあの痛みは、活発な私をしばらく寝たきりにさせた。
この痛みを持って、またまた人生をスタートさせよう!そう決意した。
 
が、しかし・・・。 あれれれれぇ??? 彫りこんだ様子にポカン・・・;。

 強さと美しさをともなった、西洋の妖艶な女性のイラストを持参したはずが・・。
なぜか、筋肉質でしっかりとした体つき、しかも、思いっきりJAPANESEじゃんかぁー!(怒)

 これには参った、、ま、ヤクザもん専門じぃさんだった、、って 後から聞いて納得。
ということで、やり直しも痛いし、お金もかかるので中途半端なまま10年が経っている。はぁ~

 人生に後悔なし!と 言いたいところだが、こればっかりは後悔してもしきれない。
けれど、JAPANESEであろうが何だろうが、あの痛みを感じ、生きてることを実感した私。
彼との思い出を胸に・・ 少しずつまた人生を歩みだしてくのだ。               続く
ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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thema:生き方 - genre:ライフ


これまでの道・・。 no.12
彼がいなくなった私の生活は、現実と過去の妄想の間で板ばさみになりもがき苦しんだ。
しかし、夜が明ければまた朝がやってきて、生きている実感を痛みで感じていた私だった。

 私は生きている・・。 そぅ、こうして生きている・・。 何度も自分に言い聞かせた。

 当時の私を救ってくれたのは友人たちだった。
「泣くだけないていいんだよ、大丈夫。 心の痛みが取れるまで一緒にいてあげるから・・」
彼女たちは、見てくれは悪いが心の優しい、人の痛みを自分の痛みのように思ってくれた。

 笑いを忘れてしまった私に、何かをして楽しませようと彼女たちは必死だった。
カラオケ行って歌いまくる? クラブ行って踊りまくる? こうなったら遊びまくろうか!!

 おぃおぃ、、そんな、めちゃくちゃなぁ・・って、考えも、彼女たちなりの思いやりの1つ。
知り合って間もない私のために、流してくれた涙、思ってくれる気持ちが嬉しかった。
 思考回路の停止した私は、とりあえず彼女たちの案にのった。
そして、何かをしてないといられない中毒患者のように遊び狂ったような、曖昧な記憶あり。

 その間、何人もの男性が、私の人生を通り抜けた。 若気の何とかってやつょ。
でも、、ピンと残る記憶はないの・・。 なんとなぁーく、生きてたって感じでしか覚えてない。

ようやく彼のことを過去の出来事として、自分なりに処理が出来るようになるまでに
どれくらいの期間がかかったのだろうか・・。

 そんな私に新たな “恋心” を芽生えさせてくれる人物との出遭いが待っていた。
そこには、むず痒いくらいピュアな私がいた。 少女のような交じりっ気1つない恋心。

 久々の恋に弾む私の純粋な心とは裏腹に、人を愛することに恐れを感じていた。
けれど、満面の笑みで私を楽しませてくれる彼に、そんな気持ちを悟られぬよう必死だった。

好き・・。でも、怖い。 好き・・、でも。 でも・・。  好きになるのが怖い・・・。

 彼が私に思いを寄せてくれていることに、100%答えたいのに素直になれない。
私は必死で気持ちを抑え、「冗談でしょ・・? いいょ、このまま友達のままでずっといようょ!」

 恋人未満の微妙な関係がしばらく続いたある日、彼からkissしたいと言われた。
kissなんて朝飯前さ、、以前の私なら、待ってました~と言わんばかりにokしていただろう。

けれど・・、 体が動かない。 kissなんてしてしまったら・・。  ダメ、絶対に、心が叫ぶ。
また、彼もいなくなっちゃうかもしれない。。  あーー、神様、時間を止めてーー。


 「俺のこと嫌い?」 と彼。  「ぅうん・・、違うの。」 と私。
それでも、彼は優しく微笑みながら ほっぺにチュっとkissをした。
心臓が飛び出てくるほど高鳴った。 嬉しかった。 幸せだった。

けれど、思わず、彼を振り払ってしまった私・・。

 あーー、終わった。 心に恋の終わりを告げる鐘がゴーンと鳴ったような気がした。
何も言えなかった、本当は好きなのに、側にいてほしいのに、彼を必要としていたのに。
それから、彼からの連絡は一気に減っていった。 私は携帯から彼のアドレスを消した・・。

 そんな気持ちとは裏腹に、新しい恋人との平凡で、それなりに楽しい日々を送っていた。
またまた、サーファーだ! 海・・・ 心の蓋をそっと開けて、海を眺めて彼を待つ日々。
いつも間にか、海に対する悲しい気持ちは波と共に打ち消されたかのようだった。

しかし、彼との交際はそう長くは続かなかった。若気の何とか・・よりはずっと長いが。笑

 
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.13
 そして、また恋をした。 

 この恋は遊びのつもりが、徐々に彼の寛大な愛と、器の大きさにて次第に愛へと変わった。
なんせ 「ずぼらで大雑把で・・そんな男オンナごと、欠点が私らしい 」 などと言ってくれたのだ。
 
 季節が巡り、春が来た。
 無事に専門を卒業した私はCMでもお馴染みの某派遣会社へ入社。

 そして、彼と人生で初となる 「はじめての同棲生活」 のスタートの幕開け。
住みかを千葉から津田沼へと、若干東京方面に移し、新たな生活が始まった。

 私が派遣されたのは大手ゼネコン会社。 けれど、あいにくオフィスでの募集は無し。
研修が終わると、派遣されたのは千葉の富津火力発電所! はぁ~?! 下り??
 しかも、仕事内容は「事務」としてのお茶出し、コピー、所長の送り迎え、、、雑用係だ。
まじかょ、、こんな下りに高速片道1500円もかけて、雑用かょーっ。(怒)

 んで、朝8時に富津・・ということは朝5時に出発ってわけ。 帰りは渋滞を避けて残業。
彼は割烹料理を目指す、料理人。夕方から出勤し、最終電車で帰ってくるすれ違いの日々。
けれど、何の不満もなかったし、今思うとあれだけ自由にできた同棲はなかったとも言える。
1人暮らしの延長上に彼がいるといった感じ、威圧感もなければ窮屈感も一切なかった。
 
そんな私の新たな生活が始まり出してまもなく、、、

 以前のむず痒いくらいピュアな気持ちで恋をさせてくれた彼の噂を耳にした。
どうしても、あの歯がゆさと誤解を解きたくて、、彼の主催するパーティーがあると聞きつけ、
当時の友人たちと迷わずクラブへ向かった。会いたい気持ちが止められなかったのだ。

 DJブースから出てきて 「よっ!」 と、私に軽返事。
覚えててくれたんだぁー。 そして、挨拶を交えたダンスを披露した。
「あの時、、私・・。」 喉のすぐ奥に詰まった言葉が出てこない。
 けれど、楽しそうに踊り、はしゃぐ彼の姿を久々に見た私のテンションは一気に上昇。
もう、これだけで十分。 会えてよかった・・。 

 空虚な気持ちを抱えたまま、しかし、再会できた喜びを胸に刻み込んだ帰り際、
彼が私のところへやってきて、「また、遊ぼうぜ」 そう描かれた1枚のメモを渡された。
そこには、電話番号と彼の名前、イラストが描かれていた。 マジックペンでの殴り描き。

ぅわぁー、嬉しい! これって、また友達になれるってことだょね。

 それから数週間後、彼に電話。 久々の彼との電話は会話が弾んだ。
不思議とあれだけ詰まっていた「あの時の誤解」についてもすんなりと話していた。
彼は、私がNO!を出したと判断したこと、好きでいてくれたことを告げてくれた。
これで、ようやく 「友人」 として仲良くやっていけそうだね! なぁーんて会話。

それが最期の電話だった。

 2週間後、彼はいなくなった。 私の体は震えが止まらなかった。
心臓が飛び出しそうで、ソワソワして、、、いてもたってもいられず、携帯に電話した。

「 お客様の都合により使われておりません・・・。 ツーツーツー 」

嘘だぁーーーーー!!!嘘だぁぁぁーーーー!! 音を立てて崩れていく私がいた。

---- 私が愛した人はいなくなってしまうのかもしれない ---- 脳裏に浮かんだ。

ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.14
私は仕事中の現彼の携帯に向けて、必死でかけた。

「お留守番電話サービスです・・・」  あっ、つながった。
「あのーぉ、、、生きてるよね!! 声が聴きたい・・」 

生きて、つながっていることを確かめたかった。 そして、我に返った私・・。
何故か、、溢れ出る涙がしょっぱかったことだけ、よく覚えている。

私は神を憎んだ。
   どうして、、 どうして、、、 

 そして、その時、私は初めて自分の気持ちに向かい合った。
やっぱり、彼を好きだったんだ・・。あの時の気持ちを伝えられなかった後悔でいっぱいだった。

・・ もし、あの時、私がokしていたら? 
・・ 素直に彼の胸に飛びついて好きだよって言ってたら??

・・ 運命は変わっていた? 彼は今も元気に生きていた?


 いつもと違う私に、急いで仕事から帰ってきてくれた現彼を待って、全てを話した。
そして、子供のように無邪気に泣いた。。 すると彼は・・。
「その彼を好きだったんだねぇ。 でも、俺はいなくなったりしないから大丈夫!」

 私は、ハッとした。

 見知らぬ男のことで、こんなにも泣きじゃくる私に優しく微笑む彼の温かさを感じ、
もう何が何の涙か分からないくらい、とにかく 泣いて、泣いて、泣きまくった。
そして、彼はそれをずっと見守り続けてくれた。

なんだか、今こうして心の奥に押し殺していた気持ちを描いたら、心が静まった。
と、同時に、ずっと忘れてたあの頃の記憶が、ぼんやりと、うっすらと、、
私の心の中から目を覚ましていくようだ・・。 これも 心の整理をしてこそだ。

 今、思えば、辛く悲しい耐える恋ばかりしてきたと、ずっと思い込んでいた私だけど、
こんなにも大きな愛で包み込んでくれる彼との生活があったのだった。遠い記憶になっていた。

 あの時は気付かなかった。  いや、違う・・。 気付けなかったのだ!
彼の愛に答えられる私ではなかった、愛ということが分からなかった愚か者だったのだ。

そう、こうした彼の優しさを蹴ってまで、波乱な獣道を選んで歩んで生きて来たのだから・・。
 
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.15
 そんな彼の優しさに、何故、あの時 答えてあげられなかったのだろうか・・。

好奇心旺盛の私には、何かこう物足りない・・というか、
刺激を受けに受けた恋愛偏ばかりで、平凡の生活に慣れていなかったせだろうか。

私ったら、こんなに幸せで罰が当たらないかなぁ・・ そんな疑問さえも感じていたくらい。

 彼との生活は、本当に充実していた。 彼と彼の父の関係を除いては・・。
当時の私は、そんな物足りなさを埋めるべく、ゼネコン会社で働きながら夜も働いていた。
特にお金に不自由していた訳でもなかったが、彼が帰宅するまでの時間潰しとして。
それから、本音を言えば・・ 刺激を求めて。

 けれど、彼は何の疑いもなく、私を夜の世界へと送り出してくれたのだ。
時に、彼がOFFの日は店の入り口まで送ってくれ、頑張ってね・・と言ってくれる程。

 一方、派遣先のゼネコン会社には、女性など事務員を除いてはほとんどいない現場。
富津まで時間とお金をかけて行くだけの元を取ろうと、私は日々、メッシー探しをしていた。
 (※メッシー=美味しいものをおごってくれる都合のいい人)

 そんな私の前に、ある日、現れたのは某建設会社の社長だった。
スッピンに、スパイラルヘアーの狼女がショムニのような制服を着ている。 まるでコスプレ。笑
そんな私に彼は食事の誘いをかけてきた。 マジぃ? 願ってもないチャンス。
いっただきまぁーす♪ 気分は上昇、これで富津に来た甲斐があったってもんよ。

 彼は、地位も名誉も、財産も持ち備えた40代で、奥さんと愛人数人を抱えていた。
私のような小娘がターゲットになる可能性はゼロ以下だ!そう思って気軽に誘いにのった。
仕事帰りにご飯をご馳走してくれる、別の会社の上司的存在とでもいった感じかなぁ。

彼との出会いによって、思いもよらない出来事がこの先待ち受けているなんて予知できなかった。

 半年が過ぎた頃から、彼(社長)の様子が異変していった・・。
仕事中の電話、メール。 「今晩どぉ?」 「いぇ、彼にご飯を作らないとなんで・・」
仕事が終わる時間に電話。 「終わった? 会いたい・・」 
私は、願ってもないチャンスと思っていたことを、丁重に断るまでに至っていた。 

 あれれれれ、、おかしい! 何故、私のような小娘に?? 

彼曰く、綺麗で知的でよくある女は見慣れたけれど、お前のような面白い奴はいない・・らしい。

 いやぁー、そう言われましても・・。 同棲中の身で、彼氏もいますんで・・。
次第に、脅迫紛いになっていく彼(社長)に、恐怖を感じていくようになっていった私。
 不安は的中・・・。
「今日は千葉のホテルに泊まるから一緒にレストランで食事しよう」
「今からすぐ出てくれないか、お前の上司には連絡しておく」

 困惑した私はまず自分の上司、それから派遣会社の営業に相談。
が、しかし・・。 彼(社長)は大手ゼネコンの社長。 まさか、、信じられない。
誰も本当だと信じてくれない。 彼は裏工作をして、平然を振る舞い続けた・・。
途方に暮れた私は、勇気を出して彼(社長)に告げた。 「もう連絡しないで下さい・・。」

 それからだった、悪夢のような日々が続いた・・。
鳴り止まぬ着信、メール、、休みの日には黒尽くめの高級車がアパート前に横付け。
恐怖と化した彼(社長)のアプローチは日々エスカレートしていった。

けれど、夜遅くまで働き、疲れきって寝ている彼には相談することも出来ずにいた。

 どうしよう、、怖いょ。。。 怖いょ。。  入社から半年余りで、ついに退職を決めた。
それを噂で聞いた彼は、私に愛人契約を求めた。 金はやる!俺の女になれ! と・・。
 ぉおーっと、キタキタキタ・・・。 ついに、この日が来てしまった。 
「無理です、だって私はあなたにふさわしくない、ただの小娘ですから・・」
迷惑そうに断る私に初めて見せた凶変した彼(社長)。 「言うこと聞けないのか?」

 それまで欲しいものは何もかも手に入れてきたと言う彼(社長)。 確かに・・。
けれど、断られた経験など一度もないがゆえに、苛立ちがピークに達したのだろう。
愛人や店のママのところにお前を連れていく、そして、全てを捨てると言い出した。
 何を言っているのか、、何故、私なんだ・・。 私は恐怖でしか覚えていない。

当時はまだストーカーという言葉は聞きなれない言葉だったが、明らかにその行為。

 私は、彼に友達の家にしばらく泊まるね・・そう言って、友人宅に身を隠した。
鳴り止まない携帯の電源を切り、マンションの一角で1週間ほど過ごした。

久々に電源を入れた私の携帯に早速、彼(社長)から電話が!

 これを最後にしよう、、そう決めて、会うことにした。
彼(社長)はやけに穏やかだった。 「怖がらせて悪かったなぁ・・」
そして、友人に連れ添いを頼み、行きつけのフレンチレストランで食事をした。
 言おう言おうとする言葉が喉から出てこないまま食事が終わった。
彼(社長)の宿泊するホテル前で、私は立ち止まってゆっくり深呼吸した、、途端・・。

 「これで、帰ってくれないか。2人きりにさせてくれ」 と 友人に札束を見せつけた。
「何をするつもりですか。彼女を返して下さい!」 固まった私の隣で彼女は言った。
「こんなフザケタ真似しないで下さい。いい大人なんですから!」

 その言葉が彼に火をつけた。
「お前、誰にモノを言ってるのか分かってんのか!消すことくらい簡単なんだぞ」 と。

 完全にイッチマッタ・・。 逃げろ・・・。 とっさに体が動いた。
彼女の手を引いて、すぐ側にあったタクシーに乗り込み、とにかく遠くへ・・と 伝えた。

 殺される・・・ 恐怖でいっぱいだった。

 タクシーに乗ってる間も鳴り止まぬ着信音、、
「○○○号室で待ってるからな、さっきはごめんな」
「○○○号室で待ってるから・・ 待ってるからな・・」  留守電に残されたメッセージ。

 とりあえず、友人宅へと引き返し、作戦会議。
彼に正直に話そう、そう決めた。 そして、警察に相談しよう。

 数日間、私は外出せずに友人宅に避難したままだった。
1日目、2日目、3日目、、、 鳴り止まぬ携帯と留守電のメッセージ。
私は音がするたび、体を震わせていた。 電源を切ること自体が怖かった。

 すると、、、
わずか一週間ほどで、パッタリと彼(社長)からの連絡は途切れた。
ホッと安心した気持ちと、今度こそ殺されるかもしれないという恐怖で板ばさみ状態。

何故、突然連絡が途絶えたのか・・。

 その後、彼から二度と連絡がくることはなかった。 黒尽くめの高級車の姿もない。
悪夢のような体験だった。 今でも 何故私に? という疑問が心に残ったままだ。

今でも某建設会社は健在している・・。  そして、私も今こうして生きている・・。



ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.16
あの恐怖は一体・・・。  悪夢にしては、しばらく私を脅かし続けていた・・・。

カーテンを開けて、周囲を見渡し、外に出ればキョロキョロ見渡し、誰かに尾行されていないか?
黒尽くめの高級車を見るたび、ナンバーを確認するような癖が抜けきらない私だった。

結局、彼には何も話さなかった。 というより、話せなかった。
「夢」を語り、一生懸命に働き疲れきって寝入った彼の寝顔が一番の癒しだった。

その後、無職と化した私は、心に罪悪感を感じながらも夜の仕事を続けていた。

 ストーカーの縄張りであるエリアから移動して、新たな店へと場所を移動させたわけだ。
100%夜の世界・・というのはこれが初めての経験だった。
 そうなると、、指名でなんぼのこの世界では悶々と働くわけにもいかなくなる。
容姿にも恵まれていない私は、等身大のスタイルでトークを主にキャラを確立させた。
そうと決まれば、口から生まれてきたような私にとっては水商売は容易い御用だった。

しかし、このままでいいのだろうか・・。
 何のために千葉にやってきたのだろうか・・? 専門まで行かせてもらったのに・・。

そんな自問自答がいつも私を責め立てた。その度、建築に携わる仕事がしたい!
という、本来の私の目的であった純粋な気持ちが増していった。 が、実績もない・・。

 そんな折、あるインテリア雑貨shopの新規オープニングスタッフの募集を目にした。
迷わず応募した。 これだ! 自給は800円~ 夜の仕事の1/3弱だった。
けれど、心にわだかまりは一切なかった。 すぐに面接に行き、即採用された。

 生活が一転した。 久々に太陽の陽を燦々と浴びながら出勤。
浮かれた私は「折りたたみチャリ」を購入し、鼻歌交じりで週5日程度のバイトへ向かう日課。

 「はじめまして・・。経験はありませんが好奇心なら人一倍あります、根性も・・。」
もともと部屋の模様替えが大好きだった私。 インテリア雑貨shopのスタッフが夢だった。
ついに、この世界に入門! 私は喜びで満ち溢れていた。

 日常雑貨から、ステーショナリー(文具)、テキスタイル(生地)、カトラリー(食器等)、
ポップからアジアンまで幅広く取り揃えるnewshop、そして、大好きな家具まで。
平台ディスプレイと呼ばれる、普通の台を、いかに立体的で人の目を惹くようなモノに仕上げるか。
そして、コーナーディスプレイやテーブルセッティング、ポップ作成(値札やコメント)も任された。
 あー可愛い!そう言って買ってくれるお客さんの笑顔が私を目覚めさせた。
そして、ご自宅用にもかかわらず・・余計なお世話だがラッピングなどしてサプライズしたり。笑

 しかし、1年くらい経ってからだろうか・・。 欲が出てきたのであった。
んー、今の雑貨shopも楽しいが、家具が少ない・・。もっとインテリアの方へ進みたい。
 思ったら即行動の私は、休みの日に面接へ行った。
そこは、北欧モダンと言えば・・・。という某インテリアshopだった。 まぁ、なんとも無茶な・・。
どうせ、一時面接で落ちるだろう・・ 気楽な気持ちが自信に見えたのか、その場で合格!

マジーーー?? この時ばかりは全身の血が逆流するほど嬉しかったのを覚えてる。

 「すいません・・。辞めさせて下さい。 あのーぉ、予想外にも合格してしまって・・」
そんな私に、社長は言った。 「頑張れよ、すげぇじゃんか。」って。 あれれれ・・。

そんなこんなで、私はついに念願のインテリアshopにて勤務することとなるのだ。
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.17
夢にまで見たインテリアshopでのスタッフ・・。 素敵な家具がズラリ勢揃い・・。
そんな家具たちに負けぬスタッフの顔ぶれ。 オシャレで洗練された様子は憧れの世界だった。

しかし、整然としたオシャレな外見と裏腹に、実務はノルマノルマの厳しい世界だった。

 まず、朝礼。 「おはようございます!」 まるで自衛隊員のようなビッとした挨拶から始まる。
ついで、各フロアー別に本日の目標売り上げの発表。 これがまた凄いのなんの。
全て、頭に数字を焼き付けて天を見上げるかのような姿勢で、次々と発表していくのだ。
それから、その月の売り上げに対する進捗率(どのくらい達成しているか)を述べる。
「何千何百何十何万・・・・・に対しまして、何百何十何万・・・で ○○%の進捗率です!」

うぉぉーーー!何じゃこりゃ・・。 目が点とはこういうことね、私は固まった。

 そして、朝礼が終わると各フロアーはじめ、食器1枚、ゴミ1つまで慎重な掃除が始まる。
1時間程度の事前準備が終わり、やっと開店。 店舗内にはヒーリングソングが流れ、
それまでの自衛隊員とは打って変わってスタッフに笑みが溢れ、お客様を招き入れる。

 さすが、と言わんばかりの体制にアッパレな私。
しかし、それが当たり前になっていくにはさほど時間もかからなかった。
数字を記憶するのは得意分野だったし、売り上げを上げるノルマも夜の世界で経験済み。
 はじめはソファ1つ売るにも、勝手が分からずジタバタしていた私だが、徐々に慣れ、
そして、1点、2点、、、まとめ買い。 高額商品のローンなどの説明もすんなりやってのけた。
そうなると、日々の売り上げを意識し始める。というか、嫌が用でもさせられるようになった。
売り上げノルマは拡大し、月額では何千万もの数字を任されるように。

 そんな数字を埋めるに打ってつけのお客様は、結婚を控えた新たなお二人。
しかし、実は当人同士よりも、その背後にいるご両親が決定権を握っているケースが多かった。
 週末になると、きまって家族揃って、ランチついでに下見に現れる。
ダイニングセット、キッチンキャビネット、ソファにリビングテーブルorサイドテーブル・・
TVボードにベッド、、、 一度で選べるわけもない。 数ヶ月に渡り、下見に現れる人も多い。
その都度、お客様の情報やささいな会話をメモして、購入への近道となる情報をDMを送る。
 ようは、いかに 「この人から買いたい」 と 思わせる下準備をするかが決めて。
全てコーディネートし、これで完了!次回買いに来るわと言って別のスタッフが売り上げを
横取りしてしまう現実も多々あった。 なので、私はその苦しみを糧に作戦を練っていった。

 それまで、家具という商品を販売するスタッフから、生活を聞きだし、余談から情報を得て、
いかに個々のお客様のライフスタイルに見合った内容を把握し、プレゼンテーションするのだ。
ソファで満足せずに、このソファーにはこんな大きさのラグがオススメで、そんなソファのある
素敵な部屋にはこんなカーテンが自然でしょう・・ という塩梅だ。
そして、余裕のある時には、食器などのコーナーにお連れし、小物から食器に至るまで
アドバイスをし、happyweddingの二人を新居に対する夢の世界へと誘っていったのである。
 ここまで来ると、赤の他人とは思えなくなるから不思議・・。
お節介な私は、家族関係までもを聞くよき相談員にまでなっていることもしょっちゅうだった。

 そんな入社して間もない、茶髪の小娘が数字を伸ばすのを快く思っていない人もいた。
服装も自由で、店にふさわしい名に恥じない格好で・・という感じだった。
スーツをそれらしいと感じる紳士もいれば、ブラウスにスカートという清楚なおばちゃまも。
 しかし、私はジーパンにTシャツ、頭はお団子。 なぜ、あんな子が?!
皮肉を言われたことも多々、そして、ついにはお前みたいな奴がなぜ売れる?とまで言われた。

チッキショー、くそ野郎たちめ! 怒りをその日の笑い話に変えて気の合う仲間と居酒屋へ。

 そんなshopスタッフ時代があってこそ、次なるステップへと歩むこととなるわけで、
今の“暮らしアドバイザー”としてフリーで働く私があるのもこうした経験がもとになっている。
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.18
インテリアshopでの勤務は、厳しくもあり、しかしその厳しさが心地よかったのも事実。

しかし、好奇心旺盛の私はここでまた ある欲が出てきてしまったのだ・・。
まったく、本当に私ときたら・・。 自分でも手に負えない・・というか、何と言うか。

 ある程度のノウハウは把握したつもりでいたが、1つだけ手に負えないことがあった。
それは・・・。 「間取り図」を持ってきたお客様に対する接客がいまいち。
建築素人の私には、おおよその見当はつくものの、実際にスケールをあてがって
このくらいの広さですね・・ と お客様と一緒になってサイズを確認していた。

 しかし、図面の見方を知っているベテラン販売員はモノの見事に一発でやってのける。
んーー、悔しい。 私も図面を見れるようになりたい。 そうして、もっといい接客をしたい!

 仲間の1人が独学で学んだ図面の読み方を教えて欲しいとお願いした。
けれど、、ん? 頭の中は??? ポカン・・。 私ってバカ? そんな日々に葛藤。
 しかしながら、お客様にいただいた図面のコピーを見ながら、アパートの寸法と比較し、
これくらいか、、ぇえーっと、、 という具合に私なりの方法を考え実践した。
 最初はおどおどしながら見ていた図面も、広告のマンションの間取りなどを見るのが癖に
なっていった私は、徐々に図面をある程度読み取れ、そして、そこに家具を配置できるまでに。

 そうなると接客が面白いように進んだ。
「図面はお持ちですか?」 と 当たり前のように尋ね、「そうですね、、この広さですと・・」
今までない空間提案が始まった。 私はこの職業に就けたことに感謝した。

 すると、売り上げも比例して伸びていった。

しかし、腑に落ちないのが、家族構成や間取り、家具から小物まで全てをコーディネートして
いざ購入となると、、はい終了!チン。 と言った具合。
 気の利くお客様はその後、お礼のハガキや写真を送ってくれたものの、
心の中では・・  「あの家具たちはどうしてるんだろう? その後は?」 またお節介が登場。

 「別に売れればいいんだよ、関係ないじゃん!」 そういう人たちの気がしれない。
私は、その後が気になって気になって仕方なかった。 売り上げなんかどうでもよかった。

 そんな自分の気持ちに嘘がつけなくなった私は、またまた退職。
次の当てがあったわけでは全くない、けれど、もう少しお客様に近づける職に就きたかった。
ただそれだけの気持ちで、某インテリアshopに 「さよなら」 を 告げたのだ。

ほんと、私って計画性ないでしょ・・笑 

次を探すまで、、、そんな気持ちでまた舞い戻った、夜の世界・・・。

しかし、ちょっとのつもりが、ここは長かった。
そして、私を大事にしてくれた彼に別れを告げ、獣道へ暴走していく愚かな私の物語が始まる。
ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.19
憧れを胸に入社した某インテリアshop、そして、もっと向上したい気持ちから退社。

なのに何故?? またまた 戻って参りました・・。 って感じ。(苦;)

とにかく、今度はお金が必要だった。
ノルマは厳しいくせに、それに対する報酬がなかった生活を続けていたため、貯金も無し。
「とりあえず預金」を作ろう、そんな気持ちで舞い戻った夜の世界。
今まではパブ系だったが、ちょっと遊び心でキャバクラを覗いて見ることにした。

 ここで、出会ってしまったんだ、、ある人に。
そう、彼はいかにもっていう暴力団組織の人間。 おぃおぃ、ヤクザもんは出禁だろーが。
そんな彼には若いギャルは恐怖を感じ、ただ悶々と酒を作り、ちょこんと座るだけ。
ついに、ボーイに告げられた・・。 「○○ちゃん、あの席フォローしてやってょ」
「マジかょ、、嫌だょ。 怖そうじゃん、奴ら・・。」と拒む私。

仕方なく、「はじめまして」とドンに軽返事をして同席。  はぁー、しばしの我慢・・。

 しばらくして、若造がその席にやってきた。 すると私に言った。
「△△だろー?お前・・。俺、□□の友達」 ・・□□? 誰だっけ、そいつ。
「あっ、□□かーぁ、ってことはあんたも悪だねぇー」 (□□は専門時代の男友達。)
「ってゆうか、本名だすの止めてくんない?」とか何とかそーゆー会話だった気がする。

 「お前ら知り合いなのかょー!」 と ドンが言う。
 「いいぇ、知りません私は・・、会ったこともないし名前も知らない・・」
すると若造は・・
 「聞いてるょー、姉さんのことは噂で・・。」なんとも意味深発言。 やろー何いいやがった・・。
 「っていうかさ、あんたも同じ年で、私は姉さんじゃない!失礼な奴だわ」 と 返した。

若造はどうやら、ドンのところで働いているらしい。 するってーと? ドンは堅気?!
まぁ、どうでもいい。 早く店の終わりを待ちたい、そんな私だった。

 これがドンとの出逢い。

ドンは週に2~3日店に来ていた。その度に、「よっ!」と軽々しく返事をかけてきてはおちょくった。
「マジ、勘弁して下さいょー」 そんな感じ。

 そんな折、新規店舗が出来るという話で大人系キャバへと移動することになった私。
やれやれ、質の悪い客ともこれでおさらばだ、せいせいするゎ・・。 開放された感じ。
重低音ガンガンのコスチュームに身を包む店は、やっぱり私には向かなかった。
新店は、落ち着きのあるクラブを思わせるブラックライトが程よい暗さの品のいい構えだった。

 開店から数週間後、ドンが来た。 マジかよぉーー、お前はここにふさわしくないっての!
そしたら、いきなりボーイが私に耳を疑う発声をした・・。
「○○ちゃん、指名入りましたぁー」 はぁ?私? まだ呼んだ客は来てないし・・ 誰?
そぅ、、、相手はドンだった。 私は「指名なんて無駄使いやめたほうがいんじゃん」と笑った。

 それからだ、落ち着いた店で話したドンは今までにない様子だった。
ギャルをバカにして酒を飲むのは飽きた・・。 とか言ってたような気がした。うる覚え。

 それまで、店の客に恋をするなんて一切なかった私。
けれど、私はドンの猛烈なアタックに負けた・・ というか、興味と母性がくすぐられた。
店で見せる傲慢な姿とは一変、ドンは親想いの案外いい奴だった。
そして、何かこの人を救ってあげたい、癒してあげたい・・・ 私の中のお節介ばばぁが出てきた。

 「私、彼氏いるし、店の客に身をゆだねるほど困ってないから」 何度も断った。
けれど、私の中の母性が言うことを利かない。 なんなんだ、この複雑な気持ちは・・。

 結局、ドンとの生活は波乱を絵に描いたような生活だと分かっていたのだが、
自分の気持ちに嘘がつけない私は、彼に別れを告げたのだった・・。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・ と 何度も繰り返し言った。

 泣きすがり、私の手を引く彼を思うと今でも胸が苦しくなる。
あまりにいい人すぎて、何だか申し訳ない気持ちがいっぱいで溢れ出して言葉になった。
それが、「さよなら」 だった。 私も泣いた、何故?でも、、もう決めたから。
最悪な女ってこういうやつのことでしょ、、わたしってこんなんだった。

 その後、彼が仕事にも行けず、一時危ない状態だったことを知らされた。
私は人の人生を取り返しのつかない状況にしてしまうところだった。 けれど・・・
もう始まってしまっていた、ドンに対する母性が暴走して止まらない私がいた。


ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
2 0

thema:生き方 - genre:ライフ


これまでの道・・。 no.20
私たち人間の「脳」の神経システムとは実に厄介にできてると昨晩思い知らされた・・。

「現在と、鮮やかに描き出された想像や過去の像は区別できない」
すなわち、、 過去の記憶が目をつぶると鮮明に映し出されるのだ。
そして、過去に引き戻されそうなほどに・・・ 目をつぶると脳は興奮状態に・・。

そんなこんなで、早く私の「脳」に焼き付いた『過去の記憶』を解き放たねば!と描き急ぐ私。


 以前の彼に別れを告げた私は、住みかを千葉へと戻した。 1DKのボロアパート。
私自身の再スタートをかけた、自己反省のつもりで、即日契約した2Fの一室。
なんと家賃38.000円。 けれど、トイレ・バス別。風呂好きの私の唯一の要望も満たされた。

 ドンは私と出逢う以前、ある暴力団抗争において刑務所入り。
そして、数年前に自分で小さな建築関係の仕事を立ち上げた。

 私が出逢ったドンは、そんな人生再生へとゼロからスタートさせたばかりの働き者だった。
いつしか、私はお弁当を持たせ、頑張ってね!と送り出す、妻のような存在になっていた。
 しかし、自己コントロールが効かないドンは様々な争いごとを巻き起こした。
その度、心が苦しくなり、泣きながら、頑張ろうと励まし続けた私だった。

いつからだろう、妻→家政婦? と 感じるようになていく自分の寂しさを思い知らされた。

 余計なお節介ばばぁが、彼をわがままな少年へと戻してしまったのだろう。
外では酒を飲み、家に帰れば即寝、会話もままならぬまま月日は過ぎていった。
こんなはずじゃなかったのにぃ・・。 ドンの寝顔を見るたび、後悔の文字が浮かんだ。
それでも 「お前がいてくれるから頑張れる!」 そう言ってくれるドンの言葉に揺れていた。

 けれど、あんなにも愛してくれた元彼を蹴ってまで、選んだ人だもの・・頑張らなくちゃ。
何に頑張っていたのだろうか、、 忍耐が細胞にまで染み込んでいた私は耐えた。

 しかし、やはり長くは続かなかった。 そぅ、もう家政婦は嫌だ!別れを心に決めた・・。
そんな私を察したのか、ドンは生まれて初めて描いたという「手紙」を私に渡した。
 そこには、汚いひらがなばかりの文字で感謝の気持ちが綴られていた。
私は涙でいっぱいになった。 けれども、もう別れの決断を下した自分に嘘はつけなかった。

 「私、あなたに出会えて良かったょ。 おてんとうさまの下で頑張って働くんだよ・・。」
そして、自己嫌悪に潰されそうになりながら、彼を励まし必死で笑ってさよならを告げた。
もうやるべきことは十分にしてあげた・・ 後悔はない。 彼にもそれが伝わったのだろう。
「ありがとな・・、ごめんな。お前に甘えすぎた。幸せになってくれょ」 それが最後の言葉。 
ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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