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ふぅたmama
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恐怖の出産・・ no.1
そして ついに、入院前日・・・・・・・。

親友たちとの楽しいひと時を過ごし、腹いっぱい食べたいだけ食べまくり、1日を楽しんだ。
1%も不安がなかったか?と言えば嘘になるだろう・・。けれど、楽しみの方が大きかった。

「逆子のまま」が居心地いいのなら・・ そして、帝王切開が安全な出産方法であるなら・・


そして、翌日、思う存分に母の手料理で腹を満たし、手続きをして午後から入院した・・。
各種検査に始まり、長く太ーい針を刺されたまま、それから 延々と点滴生活の始まり。

「痛っっい!! 死にそう・・ 何でこんな痛い思いをしなくちゃいけないの?!(怒)」
2人部屋の隣のベッドから聞こえる威勢声・・。 検査の時点から文句ばかり・・。 あぁ・・。
付きっきりの旦那が懸命に励ます・・ が、しかし、「男には分からないだろ?!(怒)」

個室希望したものの 「空いたらねぇ・・」 曖昧な返事のまま、結局 あの女と過ごした日々。
「こんなに痛いんだもん・・ 耐えられないょ! 全身麻酔にしてょ! マジ嫌だっっ」
「子供なんか産みたくない・・ 義母が産めって言うから・・ あー、嫌だ、、痛い・・」 etc


前夜くらい、心穏やかに過ごしたかったのに・・。 お前かよ、相手が・・。 あぁー神様ー。


「でも、明日には赤ちゃんに会えますから・・! がんばりましょ!」
「旦那さん来てくれて優しいですね! 心強い味方じゃないですか!!」
なんで、あたしがお前を励ましてんだっての。 お前には旦那がついてるだろーが。(怒)

仕事帰りに夜遅く面会にくる旦那に向かって、「なんでこんなに遅いわけ?」怒鳴りちらす。
効果なし・・・・・・。 あぁー、頼むから別室に移させてくれぇぇーー、耐えられん・・・・・・・・。


私は母に送ってもらい、そのまま1人、パパは仕事帰りに群馬に来たものの、実家で一杯。

それに文句があるわけでもなかったし、私抜きで過ごす、嫁の実家での一夜はどんなもの?
そんな稀な光景を想い浮かべながら、隣から聞こえる威勢声をヘッドホンで消してやった・・。


最後の晩餐は、なんとも豪勢な夕食だった・・・・・・。 まるで 高級料亭並・・ 旨いっっ!

この産婦人科を選んだ理由の1つ、いや、決めてだった。 「料理が美味しい!」と評判で・・。
まかさ、逆子がそのまま治らず、帝王切開になるなんて思ってもいなかった、予定外の展開。

正常分娩をして、翌日から 唯一のメリットであるご褒美をたらふく堪能する予定だった。
しかし、手術と決まった以上、前夜で食事は最後。 術後3日目の夕食で番茶1杯から始まる。

手術が決まった時から頭の中は食事のことばかり・・・・・・。
食べることしか能のない私にとって、たった3日間の飲食禁止は過酷な状態に思えていたのだ。
「あぁーー、耐えられるかなぁ・・・」 「ぇ?何」 「ん、食事制限がぁーー」 と言った会話多々。
こんなことなら、この病院選んだ意味がないじゃーーん・・ あぁー、まぁ仕方ないかーーーって。


  けれど、この時は予想さえ出来なかった・・ あの過酷な痛みとの闘いの日々を。


隣のベッドが静かになった。 やれやれ、やっと穏やかな時間がきた。 そして描いた最後の日記。
翌日に手術を迎える私が、まだ見ぬ我が子に宛てた手紙・・。 心の底から会えるのを楽しみに。



*** 2007.4.11   ~Futa Dialy~


今日、ついに入院したよ→ 楓太!

お母さんと一緒にお昼過ぎに入院手続きをして、それから術前の検査を色々したょ。
夕飯はけっこうボリュームがあって美味しかった!! 特に、チーズ入りはんぺんを
とんかつ風に揚げたやつが、風変わりのアイディア料理って感じで良かったなぁ~。
あとぉ、しょうが焼きとひき肉あんかけ、大根の煮物、明太子マヨサラダ、+キウイフルーツ。
しばらく、飲食禁止になっちゃうから覚悟しておかなくちゃ。

明日はついに出産日。 楓太と会える日!
もう、ママはそれだけが本当楽しみで幸せいっぱい。
明日の日記はどんなかなぁ・・。
無事に出産できた心からの喜びでいっぱいの日記が描けているといいなぁ・・。
痛みは付きもの!母になる痛みよ!
頑張れ、○○(自分の名前)! フレーフレー○○!オー!

今日、たーーっくさん皆からメールもらった。
みんな本当にありがとう。
明日はパパも来るし、ばぁばも、E子(幼馴染の親友)も来てくれる。
ママは本当に心強い、幸せ者だゎ。
そして、楓太の誕生をこんなにも待ち遠しく迎えてくれる、皆にも本当に感謝したい。

楓たん、ママのお腹で過ごす最後の夜だょ、 ゆっくり、おやすみ zzz・・
ママもゆったりとした気持ちで今日を過ごせたょ。
こんなにも穏やかな気持ちになれたのも、楓太とパパのお陰かもね。

じゃ、明日のためにも寝まぁーす。 おやすみ・・。                mamaより



しかし、翌日も・・、 そして その翌日も・・、 日記を描くことはなかった・・・・・・・・・・・・。 
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ふぅたmama
恐怖の出産/続棚卸
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thema:赤ちゃんに会えるまで・・・ - genre:結婚・家庭生活


恐怖の出産・・ no.2
ここから、PD再発の引きがねとなった、恐怖の出産 棚卸し始めます・・。

そして、ずっと詰まっていた 「心のしこり」 を このblogで出していこうと思います。
こうして、文章にすること・・ 過去を振り返ること・・  --- それ自体が怖かった。

やっと過去のこととして、そして、人生の試練だったと受け止められるようになれた今。
だからこそ、自分のため、誰かのため・・ 書き綴っていきたいと思います。

怖かった・・ 怖かった・・ 怖かった・・。  今でも身体は忘れていない、あの恐怖を・・。
PD再発、ついに鬱まで併発に至った第一のきっかけ・・・・・・・。 それが、出産だった。

いや、あれは出産ではない、手術だ! そして、そのメスは心身をズタズタに切り刻んだ。



 2007.4.12  その日がやってきた・・。

手術予定時刻は午後の4時過ぎ頃だろうと伝えられていた。 確か、順番は3番目。

母、そしてパートナー、それに幼馴染で親友のE子が私を廊下で見送ったのはちょうど4時。
何の不安もなかったか・・と聞かれれば嘘になるだろうが、恐怖心は一切なかった・・。
それよりも、数時間後には このお腹に入っている我が子に会えるのだ!という楽しみが
その不安を打ち消していたのだろう。 想いはたった1つ。 我が子に会いたい。 

   早く会いたい・・ 楓太、やっと会えるんだね・・ 会いたいょ・・・・・・・・・。


「いってきまぁーす!」 と 元気いっぱいに 皆に挨拶をした私は、喜びに満ち溢れていた。
「頑張ってね!」 そう励ます皆に笑顔いっぱいで答え、私は手術に臨んだのだった。

この時、自分がPD障害である自覚なんて全く無かった。 完治したとさえ思っていたほどだ。


しかし、それから 数分後・・・・・・・・・・。 

凄まじい恐怖が身体を包み、身動きもとれず、声も出せない状況に。 事態は急変した。


大きなお腹を持ち上げ、手術台に仰向けになった私だった。 この時 若干の恐怖を感じた。
「大丈夫、皆、こうして産んでいるのだから!大丈夫、大丈夫」 自分に言い聞かせた・・。

帝王切開のための半身麻酔の注射が打たれたのだ・・。 そぅ、あの医師・・、あの時・・。
まるで、工場で量産化された商品をめんどくさそうに検品するかのようだったのを忘れない。
 「はぃ、、横向いてぇ!(怠)」 そう言った瞬間、腰にズブっと重苦しい痛みを感じた。

まさか?!もう手術って始まってるの?? ぇぇえ?(驚) 次第に下半身に電流が走る・・。
それは麻酔が効いてきた証拠であり、それは、自分で自由に動けなくなった証でもあった。

あまりにずさんな手術の始まりに心臓音が高鳴り始めた・・・・、ドキドキ、ドキドキ・・・・・・・・・。
そう、ドキドキ・・ ドキドキ・・ 身体が思い出してしまった、ついに恐怖のPD発作を!

 「やめてーーー、 嫌ーーっ! 助けてぇーー、無理!」 

心がいくら叫んでも、叫び続けても 声が出ない・・、硬直した身体は、言葉を失った・・。
その瞬間、主治医から一言。 「じゃ、切るから!」 答えられない私。 更に恐怖で包まれる。

眼鏡、そして微熱のため貼っていた冷えピタをがさつに取り外された私。 何も見えない・・。
裸眼では全く視力がない私にとって、見えない世界は地獄。 そして、何かで覆われた。
ガバっと、その無造作な音だけが聞こえる恐怖の世界・・。 それはブルーシートだった。


つい数分前まで、あんなにも会いたかった我が子・・・。 ずっと心の支えだった我が子・・・。
それなのに、もう出産どころではなかった。 できれば意識を失いたい、死んでしまいたい。
恐怖に包まれた身体は、息を吐くことしか出来ない。 意識があること自体が恐怖だった・・。
このまま気絶してしまいたい・・ でも、私が意識を失ったらお腹の赤ちゃんは?!助けて!


顔を隠された私の変化に誰も気づいていないのか?! 医師は漂々と飲み会の話を始めた。
そして、「何でこんなに血圧上がってるんだょ、この子は?!」 急変した様子を確認せず・・。

もうダメかもしれない・・・・、呼吸が上手く出来ない・・・ 吐いて・・ 吸って・・ 吐いてぇ・・・。
限界が近づいた頃には誰の声も聞こえなくなっていた。 聴こえるのは自分の心臓音のみ。
そして、思いは1つ。 「お腹の赤ちゃんが無事に産まれたら、私は死んでしまいたい・・」 と。
こんなこと言ったらきっと軽蔑されるだろう・・。 でも、これは正真正銘の事実だ。
もう生きている=意識の世界から いなくなってしまいたかった・・。 自分が自分でなくなった。


すると・・・・・・・。  「ピンク色の肌のキレイな赤ちゃんですょ。」 遠くから助産婦の声が・・。

ついに我が子がお腹から出てきたのだ!遠い曖昧な記憶のようなボーっとした視界の中に
我が子らしい赤ちゃんが抱っこされて連れて来られた。 ギャー、オンギャー 我が子の声が!

ついに、終わった・・。 私の仕事は終わった・・。 もう死んでも構わない・・。 (心の声)

そんなことを知りもしない助産婦は 「ほーぉら、お母さん。 元気な男の赤ちゃんだょ!」 と。
しかし、残りの力を振り絞って言った私の一言は・・。 

           ------ 「いいです・・。」  そして、首を横に振ったのだった・・・・・・・。


どれだけ、この瞬間を心待ちにしていたことか?!自分自身が一番よく知っていた、なのに。

PD発作に包まれ続けた時間を乗り切った私の身体は、衰弱しきった抜け殻のようだった・・。
赤ちゃんは見たかったょ・・、だって我が子だもん・・(涙)。 でも・・、でも・・・。
そんな大仕事したなんて実感したら、本当に意識を失ってしまいそうだったの。 だから・・。
子供を出産した事実を認めたくないとうか、そんな大仕事やってのけたって思いたくなくて・・。

おかしな話でしょ・・。  とにかく病室に戻らなくちゃって、自分と戦ってたの。
見守ってくれている皆を安心させてあげるまでは、死んでも死にきれないなんて考えちゃって。
こんな時にさえ理性が働いてしまう、脳のプログラム組織を破壊してしまいたかった。


恐怖に満ち溢れた身体は震えていた・・。  ぶるぶる・・ ガタガタ・・ ぶるぶる・・ 
PD発作により硬直し、言葉を失ったままの私は タンカーに乗せ、病室へと運ばれた。

 「寒いの?!」 E子が両手で、震える私の身体を包んでくれたのを憶えている。
そして、生きている証として、パートナーに強く強く手を握ってもらっていたことも・・・・・。

これは夢か? 現実か?!  「悪夢であってほしい・・」 目を閉じたままの私は願った。



 しかし、恐怖と激しい痛みが私を襲う、そして、私の身体は蝕まれていったのだった・・。
 
 「助けて・・・・・・・・・、 お願い 神様、 助けてぇ・・」  ----- 心の叫びは続いた。
ふぅたmama
恐怖の出産/続棚卸
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thema:パニック障害(PD) - genre:心と身体


恐怖の出産・・ no.3
私の胸につかえたままの心のシコリを取り除くために・・
 そして、大切な今を生きるために・・ 
   さらに、PD障害・鬱を克服し、まだ見ぬ未来を生きるために・・

         ----- 「心の棚卸し」 を 再開します。----- 


恐怖と激しい痛みが私を襲い、そして、私の身体は時間と共に蝕まれていった・・。 
   「助けて・・・・・・・・・、 お願い 神様!!! 助けてぇ~!」   

そぅ、あんなにも待ち遠しく迎えた出産予定日だったのに・・、私は消えてなくなりたかった。
「もう、私にやれることはやった・・、無事にこの子を世に送り出すことができたのだから・・」

恐怖に包まれる身体は震え、顎はガクガクと止まることはなかった、目を開けることも出来ず。
ただただ、呼吸をすることでしか自分を保っていられなかった・・。  吐いて・・ 吸って・・。

それでも、呼吸することさえもが痛みとの戦い。 痛い・・・・ でも、息をしなくちゃ・・・、痛い。
術後の痛みは予想を遥かに超え、6時間毎しか注射できない鎮痛剤をまだかとそればかり・・。

ナースコールをするのに何十分もの時間をかけ身体を伸ばし、わずかな余力で声を出す。
 「すっ、すみません・・・・、注射はまだでしょうか???」   「まだです、頑張って!」
耐えられない痛みなど決してないはず・・・。 皆、同じ痛みを抱えているはず・・・。

大丈夫、大丈夫! そぅ、言い聞かせて、カーテン越しに明るくなる夜明けを待っていた。
あ、朝が来た・・・・・。 注射が打ってもらえる・・・・・。  「お願いします、注射を!!!」

それから、まだ身体を横に動かすことも出来ず、もちろん飲食も出来ぬまま2日が過ぎた。

入院前日までの私の頭の中にあった不安は、食事制限に耐えられるか?!それだけ。
こんなにも大食いの私が丸2日も飲まず食わずで生きていられるのだろうか・・・・・・・・。
なんとも浅はかでくだらない悩みだったが、いざ術後になってみると食事なんてどうでもいい。
 「早く注射を!早く注射を!痛みをどうにかして!」  ----- 3度の飯より鎮痛剤を欲した。

そして、術後2日目の夜、初めて与えられたもの・・ それは、たった1杯のほうじ茶だった。
この病院を選んだ唯一の理由が 「食事」 。  なんとも皮肉な結果になったというわけ・・。


「育児ダイアリー」というものを病室に持ち込んでいた私・・。
そぅ、これこそが、我が子に出逢えたその日から、喜びをたっくさん記録していくための日記。
どんな苦難をも、楽しみに変えながら育児を楽しみたい!そんな気持ちで購入したものだった。


育児ダイアリーを開いたのは、術後3日目からだった。 
やっとの思いで、ベッドを昇降させ身体を持ち上げ、痛みを堪えながら必死で書き下ろしたもの。
そのダイアリー、我が子の誕生から7日目までのダイアリーを描き綴っていこうと思う。


 ◇生まれた日◇ 2007.412 (※実際に書いたのは4.14だが)

きっとこの日の出来事は一生忘れないょ。前の日から入院して、いつかいつかと順番を待ってた。
「次ですょ・・」って呼ばれて、いざ手術台へ。怖かったぁー、怖かったぁー、怖かったぁー本当に。
怖くて、怖くて、怖くて、とにかく頑張って乗り越えた!って、その一言だけ・・。
「産まれましたょーー! ピンクっ!すっごいキレイな肌の赤ちゃん♪」 助産婦さんの声が遠い・・。
楓太の誕生、この日のママはとにかく恐怖と痛みとの戦いでした。 怖くて・・・痛くて・・・。



 ◇2日目◇ 4.13 (※実際に書いたのは4.14だが)

まだ、ご飯も食べられない。6時間毎に打てる“痛み止め注射”が今のママには何よりのご馳走!
まだ、自分のことで精一杯・・・。><;  今日、初めて パパが楓太を病室に連れてきてくれたの。
小さくて、でも、しっかりとした顔立ち。 可愛い~なぁ~、たまんないょ、楓太。 ありがとう!
あと1日すれば元気になれるかなぁ・・・・・・。 頑張ろうっと。



 ◇3日目◇ 4.14

んー、「おなら出ました!」(笑) 朝食の流動食ギリギリのタイミングでプーッと小さく一発・・。
あー、出た!良かったぁ・・。いつもならプープーたくさん出るのにこんな時はちっとも出ないゃ。
痛みを堪えながらの食事。 とは言うものの、具無しお味噌汁だけ。でも、美味しかった~ぁ!
午後にはパパが楓太を連れてきてくれて、ママのベッドで一緒にごろ~ぉん。可愛いぃ~っ。
が、しかーし、昼過ぎから猛烈に血圧が上昇・・・・、まだ不安定な状態は続くママです。



 ◇4日目◇ 4.15

初♪ミルク授乳をさせてもらったの! ママの初仕事・・。30mlをグビッと一気飲み、さすが楓太。
次のミルクはパパがすることに・・。 これまたハイスピードにて完飲!!!(笑)
手術当日から来てくれてたパパとも今日で一旦さようなら・・。楓太のこと、ずーっと抱っこしてた。

この日の夜、ママに異変が!!! なぜか急に号泣・・・・・・。
術後、ずーーーーっと身体が緊張しているというか、興奮状態で恐怖感が抜けないでいたまま。
千葉に戻ったパパからのメールに“家族”って文字があって、、、それを見た瞬間に糸が切れた。
そぅ、硬直していた私の身体が、その一文字によって安心し、涙がぐわーーっと溢れ出てきたの。
身体の水分が無くなってしまうんじゃないか?っていうほどの号泣っぷり。

でも、涙と共にスーーッとどこかの世界から現実に返ってきたような不思議な安堵感に包まれた。
この日は、安定剤を処方してもらって、術後 初めて数時間の睡眠をすることが出来たの。



 ◇5日目◇ 4.16

「へその緒が取れましたぁぁぁぁあ!!!」って、朝っぱらから看護婦さんがすっ飛んできた!
「早いですょ、お子さん!」 余りの早さに驚きを隠せない様子でしたが、ママはポカン・・・・・。

そして、今日から母子同室。 まだまだ痛みが激しくベッドから起き上がることさえもが困難。
それでも、ミルクにおむつ替え、そしてついに授乳・・・ etc そんなお世話が始まったのだ。
うわぁー、緊張するぅー! けど、何とか頑張ってやってます。

けど、楓太は甘えん坊なのかな?寂しがり屋なのかな? 全然寝ないーーーーー、何故?!
ミルクをあげても、抱っこから下ろすとすぐに泣くのぉ・・・・・・、あららららぁ。  困ったぁ・・・・・。
点滴を何本もしながら、やっとの思いで腰を90度に曲げたままの抱っこで夜の病棟を徘徊・・。



 ◇6日目◇ 4.17

今日はとーーーーーっても寝不足のママ。 夜中、ずーーーっと抱っこ状態でしたから・・・・・。
楓太の泣き声が夜の病棟に響き渡ってるの・・、抱っこしろーーー、歩けーーーーって ><;

そして、今日はたーっくさんの母乳が出たの。 これまた、痛かったぜぇー、ギューギューって。
絞られるたびに子宮もうずきだして、ママは1時間歯を食いしばって乳搾りされる牛の様でした。
しかし、その甲斐あって、楓太も上手に吸ってくれて看護婦さんに褒められちゃったね。
よーーく泣いて、よーーーく飲んで、いい子だね! 今晩はコース料理、ベッドでオマール海老♪



 ◇7日目◇ 4.18

いや~ぁ、おっぱいが張るゎ、張る! ごっつごつの岩のよう。
今日は、初!沐浴をしたの。ママが楓太を1人でお風呂に入れてあげたんだょ。
ろくに力も入らない中腰の状態で、そして腕には痛々しい点滴の針を刺したままだったんだ・・。
それなのに、オンギャーオンギャー泣きまくり・・。 怖かったのかなぁー、ごめんょ、楓太。
だって、身体を曲げられないんだもん・・。ママ、力持ちでよかったょ、無事に片手で終了!

で、ビックリ仰天事件! いきなり本日退院することに・・・・・・・。 はぁ?! マジぃ???
まだ、普通に歩くことも出来ないし、さっき沐浴習ったばっかりなんですけどぉ・・・・・・・・・・・。
でも、ま、いっか・・、新生児室いっぱいで預かってもらえないし、家に帰った方がましだぜ!
ってことで、急いで身支度して帰宅することになってしまったママであります。
とはいうものの、予定より早い退院・・・。ママを受け入れる体制も出来ていない実家・・。
もちろん楓太のお世話グッズさえも無い・・。 そのまま買い物して帰ることに・・。

ママは肌寒い冬のような雨が降るこの日の辛さを忘れないでしょう。
今にも倒れそうな身体をカートで支えながら、1時間もかかって買い物したこの日のことを・・・。



今、振り返ればこの頃から既にPD障害は再発し、そして、鬱をも併発していたのだろうと思う。

これから始まる、並々ならぬ 過酷な不眠地獄の育児奮闘記・・・・・。 
頑張って頑張って、無理しながらも、笑顔で我が子のために自分を犠牲にし続けてきた私だった。

あまりに過酷な不眠地獄・・・ しかし、それであればこそ、楽しんで育児をしなくっちゃ!!
ポジティブ思考が裏目に出てしまったのだ。 このくらい大丈夫、これくらい平気だって・・。


  --- 自分を過信していたのだ、そして、周りに甘え、頼る術を知らなかったのだ。 ---

   いつも気付けばそうだった。これくらいなんて事ない!何とかなるでしょ、私なら・・・。
   だって、今までだって うーんと辛いこと乗り越えてきたもん! これくらい、大丈夫!

   でも、大丈夫じゃなかった・・・・・・・。     身体は蝕まれ、ついには・・・・・・・・・・。


 この棚卸しを通じて、ポジティブ思考であっても、前向きな性格ゆえに突き進んでしまった
 鬱への道のりを私の結婚生活、並びに育児奮闘記・・・もろもろを通じて描いていきたい。

 頑張り屋で、曲がったことが大嫌いで、妥協できないこだわり屋・・・、
 完璧主義ではないけれど、自分の信念は曲げたくない・・、いつも明るく前向きに夢を見て・・・、

 まさか、自分が鬱になるなんて!! 
 
 でも、気付いた。 鬱になるために歩んできた人生だったってことに。 自ら選んだ病気。
 今は、病気に感謝している・・。 だからこそ、気付けたこと感じたことがたっくさんある!
 それをたくさんの人に伝えたい・・・。   きっと治る! 鬱から始まる幸せもあるって・・。
ふぅたmama
恐怖の出産/続棚卸
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thema:パニック障害(PD) - genre:心と身体


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