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ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.23
そぅ、まさに、この「奇跡」 が 私の運命を変えたと言っても過言ではない。
そして、、 人生に来るたった3度のチャンスを自分の手で掴み取ったのだ! そう確信した。

しかしながら、待望を胸にいざ人生の再起をかけた初出勤の記憶は全く無い。

 その後、元同僚からしばらくして言われた言葉は、恥を忍んで言えばこんな感じ。
「初出勤ですっぴん、片手にパンをかじりながら持って現れる人なんてそうそういないっすょね・・」
「で、颯爽とベンツでふかしタバコだもん、どんな人かと思いましたょ・・」 
 ぇぇえーー、マジで! 我が身ながら、そりゃまたビックリだ!笑

 しかし、初日の仕事だけは覚えている、しっかりと。
「じゃ、まずCAD(図面を描くソフト)の使い方を教えるのでここ座って」
 用意されていた私のデスクに腰をかけ、ぇえーっと・・・PCを前に私は ???・・・ポカン:
「あのーぉ、、、電源ってどこですか?」
「大丈夫?この人! 電源も分からないの?」 と 周りと一緒になって私も大笑い。(恥)

「あのーぉ、昔はワード、エクセルも結構使えたんだけどなぁ・・ 忘れちゃった!」
そぅ、PCなんて新卒で派遣された、大手ゼネコン以来ょ、これっぽっちも覚えちゃいない。
 アナログ世界にどっぷり浸かっていた私、そこはデジタルとは無縁の世界。
デジタルと言えば、携帯メール、キャッシャー(レジ会計)、電卓、カーナビ・・ くらいだろうか?

 私の初業務は、自分の部屋の間取りを採寸し、それをCADにて「図面」に作成することだった。
間取り? 久々のワードだ!  --- しかし、、 あれぇ? どうやって採寸??
 たった1DKの間取りも当時は図面に出来なかった私。
「まず基本は、910mmを半間として、それをベースに手描きでいいから採寸して」 との指示。
「半間? なんじゃそりゃ・・。 ちょっとぉー、わかんないよー!」 そんなやり取り。

しばらく使ってなかった「脳」の記憶装置をフル回転させ必死でメモを取った記憶多々。

 そもそも何故、この千葉店でコーディネーター(以下IC)が採用されることになったかと言うと、
当時、ICだった男性が営業に異動したいとのことで、新ICを募集していたところに私が入社。
10数店舗ある他全て、「IC=女性」だった。 まだまだ若い彼には居心地が悪かったのだろう。
 というわけで、しばらくはその年下の彼が私の上司であり、付き人に任命された。
彼曰く、「電源もわかんない人が入ってくるとは思わなかったょ・・。」 だって。 ははは・・

 千葉店は、営業は店長含め7~8名に、IC、事務 と いったこじんまりした事務所だった。
が、しかしメンバーは最強。 びっくりするほどに個性豊か・・と言えばかなりの誇張だろう。
まーまー、それはそれは・・。 珍獣ばかりの動物園といった具合がベストかしら・・。
 しかし、若手のやり手店長の厳しくもユーモアある、その勤務姿勢にビッとまとまる一面も。
私も徐々にその中に打ち解けていった。 きっと珍獣の1匹として・・。

 年下の上司が営業に異動するわずか数週間で、CADをマスターせねばならない・・。
焦りの中にも、「分からないモノ」 を 発見し、それを打破することが楽しくて仕方なかった。

ふと気づけば、PCの電源も当たり前のようにピっと押して、コーヒー片手に一服・・。

 PCの使い方、CAD作成、現場での採寸、打ち合わせ、図面作成、更に研修・・ etc
毎日が分からないことだらけで四苦八苦。けれど、そんな目まぐるしい日々が新鮮だった。

 特に私を魅了したのは「現場」だった。 ついに、、、憧れの「現場」に辿りついた。
リフォームというと、before → after 。 けれども、afterに至るまでのプロセスが最重要。
 はじめまして、と挨拶をかわしたと思えば、採寸し、その場で手描き図面を描きおこし、
お客様の一語一句聞き漏らさぬよう要望をメモし、更に、こちらからご提案しイメージを伝える。

 今では、自然派リフォームNo.1と言われ、プランニングに重点をおく素晴らしい会社だが、
当時は 「行け!やれ!取れ!」 的な男くさい会社であったため、その場で契約することが
最も優れた営業マンの証のようなものだった。そして、赤字で契約金額がボードに記載される。
 そうして契約に至った物件は、後から取って付けたかのように仕様が決められ、図面化。
契約を急ぐ分だけ、後になって待ってましたとばかりに、しわ寄せがやってくることも多々。
クレームなんて日常茶飯事、とにかく「売り上げ!売り上げ!売り上げ!」だった。

 心の中には?という気持ちを抱きながらも、当時の私は毎日がそれでも懸命だった。
それに、もし?を口にしても、それを打ち消すだけのことは何一つ出来なかっただろう。
 けれども、いざ工事が始まって見ると、好奇心旺盛の私はお客様より興奮状態。

 目の前で、天井、壁、床が見る見るうちに壊され、明かりが満ちていく室内・・。
 暗くて、狭い空間が1つになり広がる新空間・・。 と 目をキラキラさせると一変、、、
床の下からシロアリがごっそり・・ 壁の中はカビで真っ黒・・ なんてこともしょっちゅう。

 けれど、そうしたリアルな現場に足を運ぶたび、もっともっと知りたい気持ちが膨らんだ。
そして、私のような未熟者には全てが勉強だと思い、とにかく何でもやった。
 残材と呼ばれる、廃材や古いキッチンなどの設備機器、汚れた便器なども何のその、
団地の狭い階段を何十往復もして残材をトラックに積み、汗まみれになって掃除したり・・。
 ある時は、車の助手席に「使用済み便器」を乗せ、信号待ちの人に笑われたことも。

 けれど、汗水垂らしながら必死に片付け、掃除をし、職人さんたちに紛れ込んで
日本昔ばなしにでも出てきそうな、てんこ盛りの飯がついた定食を食べるのが最高だった。

 そんな私を会社の上司はあざ笑った。
インテリアコーディネーターならぬ、「工事姉ちゃん」 だと・・。 
 「お前みたいにICが現場に行くと会社が安く見られるから辞めろ」と言われたことも。
けれど、私の行動は止まらなかった。  現場、現場、現場・・・
他店のICは絶対そんなことはしない!と言ったが、これが、私に出来る仕事の1つ・・。

根底には、実績もない未経験の私をこうして雇ってくれた・・・ その気持ちしかなかった。

 だって、今まで全てにおいて中途半端だった自分自身の再起なる挑戦だったのだから。
これくらいへっちゃっらさ・・ そう笑い飛ばして、仕事に全てをかけたあの頃の日々・・。
 仕事に慣れていくに連れ、物件数も増え、抱える仕事量も増えていった。
月の休みは4日程度、朝から深夜まで働き、休日出勤ならぬ休日現場だって多々あった。

 「ちょっとぉーー、今日もこんなに頑張ったよ、大変だったょーー」 と クタクタになって帰宅する
私に、ブサイクなドンは平然と私にこう言った。  「・・・・・はっ? ふつう」   カッチーン(怒)
 けれど、奴の何があっても褒めないその姿勢に、私は悔しさの中でこの野郎いつか・・
と、自分の向上心を見出していったのだと今更ながら思うのであった。
 もし、あの時・・・ 「大変でしょう?辞めたら?」 なぁんて心配する人だったら今はない!
こればっかりは、ブサイクに感謝している素直な気持ちであります。笑
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ふぅたmama
これまでの道・・/心の棚卸
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thema:生き方 - genre:ライフ


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