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ふぅたmama
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さて、ココロの整理開始しましょっと。
さーて、何から描こうか。

 色んな想いが喉のすぐそこまで溢れ出しそぅなのに、、、
いざとなると、何から手をつけていいのか。でも、この辺で「ココロの整理」しとかなきゃ。。 
始まったばかりの第2章をhappyに過ごすためにもね。
 ぇえっと。 ひとまず、生い立ちから。


1978.5.26 晴れ
 まだ5月だというのに真夏かというほどの記録的な猛暑日。
高崎のとある病院の分娩室で3280g、元気いっぱい女の赤ちゃんが生まれる。
約0.01%で起こりえる癒着胎盤により大出血、母は瀕死状態の末、私を産んでくれたのだ。
母体死亡の危機にさらされたのに、口にする言葉はいつも、暑さに関することと父の話。

 「あの日はものすごぉーく暑かったんだょ、パパったらね、分娩中に何してたと思う?
  空いたお母さんのベッドで、看護婦さんに笑われるほどいびき掻いて寝てたんだから・・。」笑
うわゎゎ、なんという状況。出産を経験した私はこれには"レッドカード"を貼っても気が済まん。
なんつー父親だ、最悪だねぇー!そんな話で父をからかった幼少時代。

 けれど、私の出生にまつわる話を母から聞いた時、
後にそれが父にとっての安堵感に満ちた「安らぎの眠り」であった事を知る。
どこでどうやって用立ててきたのか、シワくちゃになった札をポケットから差し出した。
それが、この世に生まれたばかりの私を、我が家へと連れて帰らせるための出産費用だった。
そんな事実を知った私は「いびきを掻いて寝ていた父」を微笑ましく、と同時に
愛おしく思い、涙がこぼれた。 しかし、その涙を誰にも見せずに布団の中で拭っていた。

 私がこの世に生まれるずっと前から、、、
そぅ、母のお腹に宿る前から私の人生の物語りは始まっていたのかも。
今の私とパートナーである主人を楓太が引き止めてくれたように、
父と母、この2人を私が選び、そして生まれてきたに違いないとさえ感じる。
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ふぅたmama
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thema:生き方 - genre:ライフ


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