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ふぅたmama
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これまでの道・・。 no.3
 no.2で、微笑ましい男女の出会いにより、私がこの世に生まれたわけである。

 こんな話を聞いたのはいつのことだったろうか・・。小学生くらいかなぁー。
物心ついた時には、既に「父」と「母」であったけれども、出会いがあり今があるわけだが、
単純に子供だった私には、 ・・・・・・んん?? 不思議?! とそんな感じだった気がする。

そして、これからが「今の私」に通ずる“育った環境”と“人格形成”へとつながっていくのだ。

 そんなこんなで出会った2人だが、私がお腹に宿ることにより「結婚」へと足を運ぶ。
しかし、当時、父はちんぴらヤクザのようなどーしょーもない奴だったため、
結婚をすると言っても祖父母は猛反対、、というか、無関係に近かったという。
そんな父が連れてきた女性である母に対し、「どこの馬の骨かわからない女」と発言。
 そうであろう、今であればバツ1も当たり前、バツ2,3さえありの時代だが、、、
30年前、しかも世間体を一番に気にする祖父母にとってはあり得ない結婚であったのだ。
というわけで、援助どころか私が生まれるまで母は「敷居」をまたがせてもらえなかった。

しかし、そのうち誕生するかけがえのない命。(コレって私ね・・笑)
たった2人で何もかもをスタートさせるわけだ。

 父は職業訓練所を卒業している持ち前の腕であれこれ材料を購入し、
会社と呼ぶには乏しすぎるような「トタン屋根」の工場を作り、自営を始めた。
それが今の会社であり、園芸用の土など、落ち葉の採取から製造・販売している。
今でこそ、ガーデニングブームで園芸も注目されるカテゴリの一環となっているが
当時、そんなところに目をつける父もなかなかやるな!! と褒めずにはいられない。
 それにしても、3Kと呼ばれる労働 「きつい」、「汚い」、「危険」に+して、
「臭い」、「暑い」、「寒い」などなど・・ その仕事内容は厳しく辛い作業ばかりだ。
父はタフな男だからいいにしても、女性の働くような場所では決してない。
ましてや、製造用の機械も全て父の手づくり、最初から上手くいくはずがない。
手作業ばかりで、朝から晩までクタクタになって働いていた母の記憶が蘇る。

 幼い頃、工場が遊び場であった私。ツーンと鼻につく落ち葉の腐った臭いがたまらなかった。
でも、楽しかった記憶もたくさんあるのだ。

 トラックで山に行き、道気なき道を作り、落ち葉を拾い集める。
まるでそこは 「トトロの森」 大自然に満ちた最高の刺激がたくさんあった。
見たことのない虫やキノコ、入手困難な「大クワガタ」などなど・・。
山の人たちは皆親切で、作業を終えた後には必ず「手打ちうどん」をご馳走してくれた。
「たーんと、食べだっせぇぇ、、」そう言ってだしてくれた、漬物や煮物も最高だった。

 配達の時には眠い目をこすりながら、必ず父について行き、荷物を手で下ろす。
1つ10kg近くある袋を何個一度に持てるか、、いつも自分と戦っていた記憶がある。
卸し先のお客さんにジュースやお菓子をいただき、「イイ子だねぇ」と褒められる。
それが、嬉しくて汗びっしょになって父と一緒に荷物を下ろすのだ。
今の私の「力持ち」はここから始まっていたのだと思うとニヤっとしてしまう思い出だ。

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これまでの道・・/心の棚卸
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thema:生き方 - genre:ライフ


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